2012年02月21日

“できんちゃん”と“できるマン”。

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ハァ〜イ(・∀・)ノ、メタマネです。
皆さん、ゴキゲンですか?
僕はゴキゲンですよ♪

今日のタイトルは、なんかちょっとふざけた感じだけど、内容は超マジなんす。
要するに、仕事への取り組み方の話です。

ところで、仕事って大変ですよね。

日々の仕事も、そりゃあもちろん大変なんだけど。
だんだんやることは増えていくし、あとからあとから宿題が出てくる。
僕らの仕事で考えると、利用者さんからの要望も、会社からの宿題も、ついでに国も制度改正で色々求めてくる。
全部やろうと思ったら、いくら時間があってもたりないカンジ。

そんな時、「もう無理無理(`へ´*)ノ」ってなるのが、“できんちゃん”。
特別なことじゃなく、普通の人はまずこうなる。
しんどいもんだから、「〜があるからできません。」ちゅうて、言いたくなるんですな。

対して“できるマン”は、そんな中でも「どうすればできるか」を考えることができる人。
あるいは、現在の状態から見て、具体的な対策をたてたり、今できる範囲のことから実行に移せる人のこと。

だからといって、なんでもかんでも「できます、やります」ってのはアブナイ。
それでも“できんちゃん”から抜け出せない人よりは、だいぶマシ。
少なくとも、チームの足を引っ張ることは無いからね。

ナポレオン・ヒル博士は、「思考は現実化する」という本の中で、思いの持つエネルギーについて触れています。
めっちゃ乱暴に言えば、「できると思ったことはできる。できんと思ったことはできん」ということです。

できん発想で、できん理由を探したら、絶対実現できんから、「やらん方がいい」という結論になる。
肯定より否定の方が賢く見えるもんだから、言ってる本人も「おかしなこと」言ってるとは思わない。

だけど、それって実は現状にただ流されるだけ。
そういう人は、何をやっても結局“何も掴めない”。
そういうもんだと、僕は思うよ。

なんで、今こんなことをいうかと言えば、業界のみんなは今、制度改正への対応でヘコんだり、苦しんでいるだろう、と思うからです。

3年に一度の制度改正の度に、業界には「もうムリ」という空気が流れる。
「僕ら、めっちゃ頑張ってるのに、どうして国は分かってくれないの( TДT)」ってな感じで。

だけどね。

6年前には、「予防プラン」なんて奇策が出され。
訪問看護7が「不適切」なんて解釈が出され。
小泉政権の“聖域なき構造改革”の名のもと、僕らの存在意義は今以上に揺らいでいた。

12年前に介護保険ができた時には。
ケアマネは100件くらい担当するのが普通だった。
何をどうしたら良いかわからず、新聞を読みながら情報を集めて仕事をしていた。
日付が変わっても帰れないのが当たり前で、それが社会問題になったりしていた。

僕らも、最初の請求の時は手書きでレセプト書いて。
しんどかったな。

「介護保険なんか、ヤメチマエ!」と、何度思ったか。

だけど、人は変化に適応する。
最初は苦しいけど、それがいつか当たり前になる。

その時、能動的に動いていた“できるマン”と、状況に流されていた“できんちゃん”の間に、差が産まれるのは必然だ。

もういっこ言えば。

介護保険は、国民連帯の理念で構成される。
税金と保険料が、財源だ。

僕らはいつも言うじゃないか。
「税金を無駄遣いするな」と。

…僕らの仕事は、そういう仕事なんです。

だから。

何か言われたり、宿題が出たときの、最初のリアクションは“できんちゃん”でもかまいません。
だけど、いつまでたっても「できんちゃん」では、会社というよりも、社会に対して存在意義が認められません。

要は「社会人ではない」ということだ。
厳しいようですが、これは当たり前のことだっせ。
posted by メタマネ佐藤 at 21:12| Comment(1) | 日記

2012年02月20日

短期連載「仏教」 〜プロローグ〜

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どうも、メタマネです。

これまで数回に分けて連載した記事が、以外と好評を頂きましたようでして。
これからも、「何か連載記事を書いてみよう」と思いました。

ただ、連日書くとなると、結構しんどいものでして。
日曜日に“メタセレクション”を書いてるような感じで、月曜日は連載記事の日にしようかな、と思います。

んで、今回。
まず取り上げてみようと思ったのが「仏教」。

チョイスがシブイでしょ(*^^*)。

世界三大宗教のひとつである、仏教。
その開祖であるブッダが残した数々の教え。

「なんで仏教特集なのか?」と言うと。

私たち日本人は、そのほとんどが仏教徒ですが、残念ながら“敬虔な”と言えるほど、その教えについて詳しくはない。
私も、その「詳しくない」一人です。

んで。

ターミナル期でよく語られるものに、エリザベス・キュブラー・ロスの「死の受容」過程があります。
私も、彼女の著作を読みました。
そこで語られる死生観には、人間存在に関わる普遍的な真理があると感じます。
そしてまた同時に、その源流にはクリスチャンとしての真理があると感じます。

スピリチュアルペインと向き合う過程で、救いのひとつが宗教にあると仮定した場合。
私たち日本人が拠り所とするのは、やはり仏教ではないでしょうか。

しかし、そのわりに私たちは、あまりその教えとする所や、言葉の意味を知らない、と思うのです。

もう一点。

ターミナル期に限らずとも、私たちはいずれ皆死んでいきます。
そしておそらく、ご利用者様の大半は、私たちより先に旅立っていかれることになります。
なかには、ある日突然に、別れがやってくることもあります。

そうした自覚を、私たちは普段の関わりに持てているでしょうか?

僕は、そう自問すると「自信がない」と答えます。

だからこそ、「仏教の精神を学ぶ必要がある」と考えたのですね。

まぁ、私は僧侶でも宗教学者でも無いわけですから、記事を書くにあたっても、「そりゃ違うでしょ!」みたいなところもあると思うんです。
その辺は、素人の独り言として、寛大な心で見ていただければ幸いです。

初心者レベルで仏教に触れてみよう。
お経の意味を調べてみよう。
それを援助に活かそう。

そうして思い立って、いろいろ調べてみると。

やはり仏教は深く、面白い。

なかでも、その教えの核である「法」には、普遍的な手がかりが感じられる。

次回からは、誠にふつつかではありますが、その意味するところを少しずつ探り、お話ししてみようと思います。

ゆるりと、な。
posted by メタマネ佐藤 at 20:41| Comment(2) | 日記

2012年02月19日

メタセレクション かわいいウミウシ。

ども、メタマネっす。
日曜日は、自分の好きな本を紹介させていただくメタセレクション。
 
本日は、ちょっと変わった写真集をご紹介。
 
今本淳 著  「かわいいウミウシ」です。
 
古今東西、いろんな図鑑がありますが。
この本は、ウミウシ専門の図鑑であり、写真集なんです。
 
なんか、それだけでも面白いですよね。
 
そもそも、皆さんウミウシってご存じですか?
簡単にいっちゃうと、海に住んでるナメクジみたいなものです。
 
「うぇ〜、気持ちわりい」と思うなかれ。
数ミリ単位の、まさにゴミのごとき小さな生き物ですが、「海の宝石」と呼ばれるほど、その姿は美しい。
 
例えばこんな感じ。
 
 
ね、きれいでしょ?
 
ウミウシは、なんでも飼育に適さないらしく、たくさんの種類を見ようと思ったら、実際に海にもぐってみるしかないらしい。
だけど、そんなわずか“数ミリ”単位の生き物を見つける余裕って、あんまりないようにも思うので。
 
こうやって写真集になっているのをみると、実に貴重な物を見てるんだなぁ、という思いになります。
 
あと単純に、「美しいもの」って心癒されますよね。
 
著者の今本さんは、奄美大島在住の写真家。
といっても、元々はシステムエンジニアで、ウミウシ写真は趣味で撮り出したものだそうです。
ウミウシの撮影にハマり、ウミウシを追い求めるうちに、奄美大島に魅せられ、移住され、ついには写真集を出版するまでに至る。
 
まさに「好きこそ物の上手なれ」。
かっこいい、素敵な生き方ですね。
 
今本さんのホームページに行くと、色んなウミウシの写真を見ることができます。
疲れたときに、美しいウミウシの写真に「ふっ」と癒されること、間違いなしですよ。
posted by メタマネ佐藤 at 09:22| Comment(0) | 日記

2012年02月17日

ステレオタイプ。

皆さん、ステレオタイプって聞いたことありますか?
あなたのおうちのステレオが、「どんな種類か」ということじゃありませんよ(o^ O^)シ彡☆

ステレオタイプっていうのはね。

一部の情報を元にして、相手の属性を決めつけてしまったり、勝手に思い込んでしまうことを言うんです。

例えば。

最近の若いもんは“みんな”なっとらん、とか。
大阪のおばちゃんは“みんな”厚かましい、とか。
こういうのが典型的なステレオタイプなんですね。

ま、いわゆる「一般論」ちゅうやつですから、ある程度は当てはまる部分もあるでしょう。
だけど、実際には“ひとそれぞれ”だもの。
“みんな”ということは、あり得ないでしょ?

若くても、しっかりしている人はいる。
大阪のおばちゃんだって、品のいい人もいる。
なんにせよ、物事には“多様性”があるんだから。

とどのつまり、そうは“思えない”、あるいは“気づかない”固定観念を持っている、ということがステレオタイプなのね。

で。

ステレオタイプに陥ってると、片寄った先入観に引っ張られちゃうので、正しい目で相手を見られなくなっちゃうんだな。
「あいつはこういうヤツだ!」みたいな、偏見が出てくるからね。

この部分、もうちょっと掘り下げてみよう。

「なんで私たちはステレオタイプに陥るんだろう?」というと、それは“対象に対する興味がない”から起こる、という説がある。

平たく言えば、相手をきちんと見たり、聞いたりするのが面倒くさいから、「ああ、それはこうだろ」と無意識にカテゴライズしちゃうわけだね。

典型例が、「あの人は信用できない」みたいな決めつけ。
そりゃ、いちいち確認するよりも、その方が楽だもんな。

だけども。

繰り返し言うけど、人って色んな思惑をもって生きている。
簡単に人を分類できるなんて、思い上がりだとも思う。

「あいつは、ああいうヤツだ。」という言い訳を、“無意識に使ってないですか?”

……それに「気付かない」ということは、すごく怖いよね。

こうしたステレオタイプに陥っている自分に、「気付く」かどうかというのが、とても大切なことなんです。

絶えず振り返り、確認してみよう。
自分の「ものの見方」が、片寄っていないかどうかを。
posted by メタマネ佐藤 at 20:33| Comment(0) | 日記

2012年02月16日

大根侍、あらわる。

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大根。

原産は地中海および中東で、日本には弥生時代に入ってきたと言う外来植物。

分類では、春大根、夏大根、秋冬大根に分けられ、秋冬大根が全体の生産の7割をも占める。
とれる時期によって成分の違いがあり、味も違う。
夏大根は、特に辛味成分が豊富であるため、薬味として使われる場合が多い。

そしてなんと、日本の大根生産量は世界一なのだ。
まさに、日本が世界に誇る食材なのである。

そんな意外な一面をもつ大根。

未来創造舎「和〜久」が、大根の新たな可能性を見出だした。

その名も「嗚呼、大根の助」。
なんともアバンギャルドな切り干し大根だ。

切り干し大根は、食物繊維が豊富にとれる他、干すことによって糖度が増して、甘くなる。
日光を浴びることで、ビタミンB1、B2、カルシウム、鉄分などの栄養素が10倍以上にもなる、スーパー健康食品なのだ。

そしてなにより、美味い。

大根の助、日本の食卓に参上つかまつる。
posted by メタマネ佐藤 at 18:32| Comment(0) | 日記

2012年02月14日

目からウロコのはなし。

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「目からウロコが落ちる」って言いますよね。

使われ方としては、「違う視点に目覚めた」とか「感銘を受けた」りした時に用いられると思います。

ほんで、ふと思った。

「目にウロコ入ってたら、たぶん痛くてたまらんで」と。

そんでまた、語源を調べてみた。

すると、どうやらこれは新訳聖書に出てくる“奇跡”のはなしが元になっているみたいです。

使途行伝、第9章より。

「キリストを迫害していたユダヤ人、サウロの目が見えなくなったときのこと。
キリストは弟子のアナニヤにサウロを助けるように指示した。
サウロはこれを拒み、3日間暗闇のなかにいた。
そしてアナニヤがサウロの目に手をかざすと、目からウロコのようなものが落ちて、目が見えるようになった。
これによりサウロはキリストの奇跡を信じ、深く帰依することになった。
このサウロこそ、のちの使途パウロであった。」

この逸話は「パウロの回心」と呼ばれ、宗教画などで描かれることの多いモチーフでもありました。

てっきり、中国や日本の故事成語かと思っていたんですが、実は聖書に語源があったんですねぇ。

いやぁ、調べてみると深いです。
まさに“目からウロコ”のお話でした。
posted by メタマネ佐藤 at 19:54| Comment(2) | 日記

2012年02月13日

二○加せんぺいのひみつ。

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おととい、ブログで「誕生日なんです〜」って発表してたら、それ見てくれたみやちゃんが、誕生日プレゼントだということで博多名産の「二○加煎餅」をくれましたo(^o^)o
今年の誕生日、唯一のプレゼント。
この場を借りて、お礼申し上げます。

そんで、せっかくなので“にわかせんぺい”のことを調べてみましたよ。

まず、「にわか」というものですが、漢字では「俄」と書きます。
簡単に言えば“大道芸”みたいなもので、日常の風刺とか、歌舞伎や能の名場面を、道端で即興でやる。
そんなのを「にわか」と呼んでいたのだそうでございます。

大抵“急に始まる”ところから、「にわか雨」とか、「にわかに信じがたい」といったような使われ方が残っていったのだそうですね。

さて、この「にわか」。

色々な地方ごとに独自の発展を遂げていったそうで。
その土地の気性を写した「江戸にわか」「大阪にわか」や、独特の世相を反映した「吉原にわか」といったものあった。
つまり芸能というよりは、世俗を写した娯楽ですね。

「博多にわか」もその一つ。

はじまりは江戸時代初期。
初代藩主の黒田長政公が、民衆の生の声を聞くために始めたものだと言われています。

黒田長政と言えば、天下人の秀吉を恐れさせた軍師、黒田官兵衛の嫡男。
関ヶ原では小早川秀秋を寝返らせ、東軍勝利の立役者となった槍の名手でもあります。

そんな豪傑を前にしたら、「民衆の生の声を聞く」なんて言っても、一般人が下手なことを言えるはずもありませんよね。
そこで、お面をつけさせて緊張をほぐし、言いたいことが言えるようにした、ということらしいのです。

その時につけたお面が、二○加煎餅のおまけについてくる、あの緊張感のないお面だったんですねぇ。
そうやって考えると、あのとぼけた表情が、急に意味深く思えるので不思議なものです。

よき学びに、感謝感謝。
posted by メタマネ佐藤 at 19:49| Comment(0) | 日記

2012年02月12日

馴染みの自転車屋さんより。

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さて、今日は日曜日です。

いつもはメタマネセレクションで本の紹介をさせていただいてますが、今日は自転車について。

前に書かせてもらったこともあるんですが、私がお世話になってる、築港センターからほど近い自転車屋さん。
その名も「やまうちサイクル」といいます。

この前、ちょいと寄らせて頂いたときに、私のブログの話題になりました。

僕からは、何にも言ってなかったんだけど、なんか色々検索してたらたまたま引っ掛かったらしく。
「おや、この自転車は……」なんて見てたら、「おお、これは佐藤さんじゃないか」ってな具合で、気付かれたんだそうです。
……悪いことはできんもんです。

前にも書きましたが、やまうちサイクルさんは、僕にとって特別な存在です。
最近は、自分があまり自転車に乗らなくなってしまったので、訪ねる機会も減ってしまったのだけれど。
たくさんの思い出を共有させて頂いたし、「お世話になった」なんて言葉では、簡単に済ませられないのです。

詳しくは、私のブログの“むかしがたり”を見てくださいね。

んで。

通勤用の自転車をメンテしていただいて。
いよいよもって、自転車通勤の準備が整ってしまったわけです。

嗚呼、頑張らねば。

んで、少しだけお知らせ。

やまうちさん所では、折り畳み自転車の代名詞「BD -1」の売り出しをやってるんだそうな。

キビキビ走るこのドイツ製フォールディングバイク。
以前私のブログでも登場しましたが、ちょいと車に放り込んで、“町ブラ”感覚で楽しむには持ってこい。
チャリ好きなら、町で見かけたときに必ず「オッ」となる、ハイセンスな一台なんですねぇ。

ぼくとBD-1仲間になってくれる人がいたら、やまうちさん所のホームページにアクセスしてみてください。
試乗もできるらしいですよ〜。
posted by メタマネ佐藤 at 18:28| Comment(0) | 日記

2012年02月11日

あら?フォーーーー!

実は、今日は私の誕生日でございます。
今年で38才になりました。

おそらく、「以外と若いんですね」という声が大半を占めるのでしょう。
それは、見た目のせいではなく、しゃべり方や物腰のせいだろうと、自分で納得するようにしています。

さて。

そんな誕生日ですが、ズバリ風邪ひきです。
おかげでテンションがどうにも上がんない。

昨日は自分プレゼントを買いまして。

自転車通勤用のリュックサックです。
いよいよ自転車通勤するしかない、と。

その気持ちを形にしたとたん、風邪ひくとは……。
んむ〜〜。
まぁ、完治するまでチャリ通はできんな。

もう、早く寝ま〜〜すo(__*)Zzz
posted by メタマネ佐藤 at 18:55| Comment(2) | 日記

2012年02月10日

チャンス一発!!

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この前ラジオを聞いていたら、こんな話をしてました。

「チャンスがほしい」という人がいる。
「一発当てたい」という人がいる。

このふたつの言い方は、同じように感じるが、実は全く違う。

何が違うかというと。
常に努力している人か、そうでないかの違いだ、と。

毎日努力している人は、「一発当てたい」とは言わない。
積み上げてきた自分の力を発揮できる「チャンス」を欲しがる、という話です。

面白い話だなぁ、と感じましたね。

確かに「一発当てたい」ってのは、なんか他力本願な感じがする。
例えば、宝くじとか、ギャンブルとか。
“当てる”という言葉は、運に頼るような印象がありますし。
そういう意味では「努力している人は言わない」ということも言えるのだろう。

「チャンスが欲しい」というのも、確かに運の要素ではあるんだけれど、その運をひとつの“きっかけ”として捉えているところが違う。
たぶん、チャンスが欲しい人は、一発当てるくらいじゃ満足いかないだろう。
自分の温めてきたことを実行するために、色々試してみたいことがある。
その為に「チャンスが欲しい」と願う。

さらに言えば。

チャンスっていうのは、色んなところに転がっているものだと思う。
ほんの些細なことでも、それをきっかけにして前に進んだり、成長できる人もいる。

反対に。

「これはチャンスですよ!」と言ってもらって、目の前にロープを投げられていても、気付かずにボーッと見過ごす人もいる。

これらの違いはなにか。

それは「意欲」の違いだろう。
努力する「理由」の違いだろう。

だから、「何のためにそれをするのか」という明確な理由を持っている人は強い。
意欲は沸き上がるし、努力も継続できる。

さて。

皆さんが欲しいのは、チャンスか、一発か。
自らに問いかけてみよう。
posted by メタマネ佐藤 at 18:30| Comment(2) | 日記