2017年08月14日

過敏反応は国を弱くする。

最近よく思うんです。
今の世の中は、ちょっとしたことに敏感に反応しすぎなんじゃないか、と。

政治家が失言したとか。
誰かが不倫したとか。
そういう話が多すぎます。

僕は、正直思うのです。
なんでそんなしょうもないことがニュースになるの?
ヒマなの?
平和すぎるのがよくないの?
その陰で、なにか大切なことを見落としてるんじゃないの?
…なんてね。

特に、国会議員の失言などについての批判的報道姿勢は、常軌を逸しているように思えます。
失言なんて、文脈を読まずに言葉の一部だけ切り取れば、あって当たり前だと思うんです。
ちょっと冗談のつもりで言ったとしても、それが「不謹慎だ!」って怒る人はいるわけで。
政治家さんってのは、一日中ずーっと喋ってる中の、たったひと言が不適切って言われたら、それで仕事無くなる可能性だってあるわけでしょう?
そういう言葉狩りを恐れていたら、それこそ何も言えなくなって。
議論そのものが狭小化する。

失言すれば、再起不能なほどに叩かれ、追い込まれるわけだから、大事な本音は、影とか地下で話をするようになっちゃいますよね。
だから、よくわからないまま、重要なことがするっと決まったりしてるんじゃないかな?とか思っちゃいます。

また、不倫の報道も、「いちいちニュースに載せるんじゃない」と思います。
そういうのに特化した、くだらない週刊誌の報道を後追いして、火に油を注ぐマスメディア。
テレビでやるなら、生産的でない時間帯の放送にとどめて欲しいけど、国民がそれを欲しているからトップニュース扱いなんですよね。
これぞまさに衆愚状態。

僕はそもそも、有名人が不倫したとか、他人のプライベートな話に、なんで目くじら立てて怒れるのかわからないです。
身近なテーマだから、ニュースとしての付加価値が高いのかな、なんて思いますがね。

そして、日本国民は。
そういう些少なことに対して、SNSなどで、容赦なく攻撃を浴びせるよね。
これがまた、なんとも情けない気持ちになるんです。

失言とかしないように、ミスしないように生きることが大切なんではなくて。
失敗を活かせるような、そういう懐の大きさみたいなものが、社会には大切だと思うんですが。

ケツの穴の小さい話ばかり。
そんなことだから、前にも出れなくなるんです。
ちまちましてて、本当に嫌になります。

もっと力を入れて考えないといけない問題は、たくさんある。

ちっちゃなことに過剰反応して、自己満足の世界にいたら、正念場で力を発揮することはできません。
厚かましい第三国に対抗することもできません。
ひいては、大切な私たちの国や家族を守ることもできなくなると、僕は思うんです。

だから、他人様の少々のことは、目をつぶったらいいじゃありませんか、と思う。

でもね。
たぶん、そういう話が本質的に「好き」な人が多いからってのも、あるんすよね…。
posted by メタマネ佐藤 at 18:48| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
ホントですね..加点はなく減点社会。何も生まれませんよね..せめて私たちの業界は常に前向きでいたいですね!
Posted by あきやま at 2017年08月23日 19:42
あきやまさん、コメントありがとうございます。
まったくその通りです。
大きなことはできませんが、身の丈にあったところをコツコツと、ですかね(笑)
Posted by メタ at 2017年08月28日 21:48
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: