2017年11月15日

当事者意識。

勉強するということは、誰かに教えてもらうことではなく、自ら学ぶことであると思います。
働くということは、働かされることではなく、自ら為すべきことを考えて動くことだと思います。

結局のところ、「やらされたことは身にならない」。

だから、何をするにせよ、どこかの時点で自分のこととして受け止めて、責任を持って取り組む姿勢が必要なのだと思います。

そうでなければ。
なにをしても身に付かない。
僕はそのように思っています。

では、どう学べば良いか。
どう働けば良いか。

社会人になってから学ぶことは、学生時代の学びとは質が異なると思っています。
なぜならば、その学びが、実生活の収入増加に直結するものであることを、理解した上で学ぶことができるからです。

学生時代には、私もそうだったのですが。
社会がどういうものか、頭で考えることはあっても、体験として理解することができません。
ですから、何のために勉強するのか、ということが実感しづらいのです。

逆に言えば、社会人になってからの学びは、実生活に結びつくイメージが持てなければ、やる意味がないと思っています。
それが仕事であれ、趣味であれ。
まぁ、どんなことでも、意味のない学びはない、という言い方もできますが。

さて、最も良い学びのスタイルは、今の仕事にどう活かすのかということです。
その次に、自分の人生にどう生かすのか。

これをさらに具体的に言うと、資格取得などで収入を増やす、とか。
転職を有利に進めるためのスキルを身に付けるといったところでしょうか。
そして時間のある人は、趣味などの人生を豊かにするための学習をする。
つまり、自分のやりたいことをやる。

そして、なにも「学ぶ」ことは、本を開いたり、誰かに教えを請うことだけではない。
日々の業との向き合い方によって学ぶ、というのが、まずは最も重要な点であろうと思います。
ほとんどの人は、どこかの組織に就職するなどしますので、そこで与えられた仕事にどう向き合うか、を考える必要があるでしょう。

中にはいやいや日々の仕事をしている人もいると思いますが。
仕事を選んだのも職場を選んだのも自分です。
この意識を持って、仕事をやらされるのではなくて、自分自身がどう取り組むか、を考えねばなりません。

仕事や職場が合わない、だから転職する。
それは本当によくよく考えた結果かどうか。
自らの人生の時間を、無駄に浪費している、ということではないのか。

自分が選んだ職場で結果を出せない人が、他に移ったからといって、そこで良い結果を出せるかどうかは疑問です。
仕事には段階があり、職業経験は、ある程度の時間と実績を踏まえ、信用を深めて行くものだからです。

繰り返しになりますが、これは何においても言えることで。
自分がこの道で生きていこうと思った瞬間から、自らの力を磨くという義務が生じるのです。

一生のうちに使える時間(労力)は有限です。
だからこそ、無駄なく生きなくてはなりません。
不断の努力、というと大げさですが、少なくとも自分の人生を生きるという、当事者意識を持っているかどうかが重要でしょう。

常に努力する、というのは普通はなかなかできません。
ただ、日々の業務に対する向き合い方や、心構えを変えるということは、気付きがあれば誰でもできる。

ちょっとしたボタンのかけがえが。
長い経過の中で、大きな違いに繋がる。

要するに、当事者意識。
それが充実した人生のために、何よりも重要なこと。

僕はそんな風に思っています。


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posted by メタマネ佐藤 at 06:54| Comment(0) | 日記
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