2017年12月04日

自分に関係ないことはない。

「自分には関係ない」。

この考え方に、時々出会うことがあります。
その殻を破るにはどうすればよいのか。
けっこう悩みます。

最近読んだ本の中に、まさに私のこの悩みにぴったり答えてくれるような話を見つけました。
以下、松浦弥太郎さんの本から引用します。

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「自分に関係ないことはない」

道端でも公園でも、そこを「自分の庭」だと思えば、誰もゴミを捨てないでしょう。
せっかく植えてある花壇の花を盗んだりもしません。

会社も自分の部屋だと思えば、散らかっていたらすぐ片付けます。
窓が汚れていたら、拭くでしょう。
当たり前の話ですが、家の中では全部が自分に関係しています。
しかし、忘れてならないのは、外に出ても同じように「自分もそこにあるすべてに関わっている」ということ。

「私には、いっさい関係ありません」という態度で、公共の場や会社で過ごしている人がいますが、愚かな間違いです。
どんな人でも外に一歩足を踏み出したとたん、そこに何かの関係が生まれ、同時に責任も生じます。
まるで透明なカプセルに閉じこもって移動するみたいに、人と関わらずに公共の場に出ることは不可能なのですから。

それなのに、世の中は「関係のない病」が溢れています。
子供もそれを真似しています。
「自分には関係ないから、どうなろうと大丈夫。関わらなければ自分は安全」

そう思っているかもしれませんが、もし「どうかなったら」、あなたも無関係ではいられません。
自分だけが安全な世界など、この世のどこにもないのです。

思い違いは、さっさと正すことにしましょう。
自分がすっぽり入ったつもりの、透明なカプセルを壊しましょう。

社会のあれこれを見逃してしまうのは、もったいないし、寂しいことです。
社会と言うのは、もっと大きな環境にもつながっていることを、忘れずに。
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とてもわかりやすく、明確な捉え方だと思いました。

よく「社会は冷たい」という話を聞きますが、僕は全く逆だと思っています。
たしかに厳しい面はありますが、それはそもそも「生きる」こと自体が厳しいのであって。
社会とは、個々では解決できない大きな課題について、助け合いの精神で乗り越えていくための、あたたかな支え合いのシステムであるはずなのです。
支え合いなのだから、義務を果たさず、権利ばかり主張する人が冷たくあしらわれるのは当たり前だし、そうでなくてはならない。

それは、さらにミニマムに見た「会社」でも、「家族」でも同じこと。
その仕組みを「冷たい」と感じるということは、そこになにかを「求め過ぎ」なのではないでしょうか。
「関わらない」と決めているとしたら、自分が享受する“なにかあたたかなもの”を期待しないことです。

だとしたら、自分のやるべきことは決まっています。

常に、善意で相手に関わること。
なにか、世の中のためになることを考えて行動すること。
そのために、ない知恵を絞ること。
結果や評価はこだわらず、社会の側に任せること。

自分に能力があると過信すると、相手に求め過ぎてしまいます。

食べていけたら、それで十分。

そういう割り切りがまずは必要でしょうし、それができるのも、社会のシステムあればこそ。
自分には関係ないと思わず、すべてのことに当事者として関わっていきましょう。

あくまでも、可能な範囲でね。


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posted by メタマネ佐藤 at 18:26| Comment(0) | 日記
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