2018年01月06日

星野監督のご逝去によせて。

昨日新年のご挨拶を書いたばかりですが。
朝方に飛び込んできた訃報に、目を疑いました。

郷土の誇りである、“闘将”星野仙一さんが、がんで亡くなられた、という。
その一報は、とても悲しく、一つの時代が終わったことを感じさせ、私の胸を強く揺さぶりました。

私は星野さんが中日の監督を勤めていた頃から、チームのファンというよりは、星野さんのファン、という感じで、これまでも監督を勤める球団を応援してきました。
それも、当時低迷していた中日、阪神、楽天という3球団を優勝に導いた手腕は、この先も語り継がれる偉業と言って良いと思います。

そうした、野球人としての偉業、というのも当然尊敬に値するものですが。
どちらかと言えば、星野さんの厳しくも暖かい人柄が好きだった、ということが大きかったですね。
特に、小学生の時に、体の不自由な友達を、おんぶして毎日学校に通っていた、というエピソードが、星野さんの人となりを表しているように思えて、とても尊敬したのを覚えています。

年末に、野球の殿堂入りを果たされたときには、すでに闘病中で体調も良くなかったはず。
それでも、そんな様子をおくびにも出さず、堂々と振舞っておられた。
おそらく、最後の瞬間まで、星野仙一は「闘う男」として振舞われたんだろうと思います。

星野さんの人柄を偲び、数々の名言に触れてみます。

「わしはな、なんと言うか完成されたチームを任されるのは嫌なんや。中日時代もそうやった。戦力を整備して、チームを立て直す。これに快感を覚えるんや」

「人生の1%をボランティアに捧げ」

「今の若い者には、若い者の良さがある。今の選手には今の選手なりの接し方があるんだよ」

「いま、子供を叱れない、生徒を叱れない、部下を叱れない人がいる。何やってんの。叱るのが愛情だよ」

「監督は孤独を愛さないといけないし、ストレスも愛さないといけない。そんなネガティヴなものに対してお友達にならないとダメなんです」

「我々にとって野球というのは仕事ですから、仕事に対して闘争心がないというのは生活権を放棄していると僕は受け取ります。人生を放棄していると言っても過言じゃないと思います。ですから、逃げる人間。それは自分でレギュラーなりチャンスなりを放棄していると僕は見ます。もう泥まみれでがむしゃらで苦しめばいい。僕は苦しんでいるうちはチャンスをあげます。逃げる奴にはチャンスをあげません。」

「ひとつの夢をつかんだと思ったら、次の夢が出てくる。夢にチャレンジしているから、俺はすごく若いわけです」

「人を愛せ。人を信じよ。人を生かせ。人を褒めよ」

星野さんの暖かい言葉に、胸が熱くなりました。

心より、郷土の英雄のご冥福をお祈りいたします。

たくさんの感動を、ありがとうございました!
posted by メタマネ佐藤 at 15:50| Comment(0) | 日記
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