2018年01月28日

文春砲の末路。

週刊文春に対する批判的な報道がネットを渦巻いています。
それをうけて編集長が「切ない」と言ったそうですが。

因果応報。
それだけの話。
それを「切ない」とは、情けない。

この流れは、なんといっても、小室哲哉さんが引退に追い込まれるほど精神的に疲弊したことについて、責任を問われているということだと思います。
でもね、前からずっとひどいことはやってるよ。
叩かれた人が、折れなかったというだけでね。

私は、以前から思ってました。
他人のプライベート暴き立てるような下衆な雑誌は早く廃刊したほうがいいと。
写真週刊誌も不要だね。
同じ意味で、下衆なワイドショーも世の中にはいらない。
不倫報道など、公共の電波を使う内容ではない、と。

民度が低い、と思う。

芸能人が、一私人として、事件や世相に対する、自分の考えを述べる。
これはワイドショーの意義としてあり得る。
ただ、その話題は、よくよく考えなくては危ない。
それだけのことです。
個人のプライベートなど、興味を引くテーマであっても、絶対取り上げてはならないこと。
小室さんの例は、それを如実に示した、というだけの話だと僕は思います。

週刊文春は、ただ話題性を武器に、売り上げを増やし、芸能人とはいえ一個人のプライベートを赤裸々に告発することで、「文春砲」などと思いあがった肩書きを受け入れて、紙面構成した。

それを受け入れる文化は、日本の恥。

国民による「知りたい欲求」を文春砲に変換することは、個人攻撃のリンチであり、絶対に容認などされてはならない。
不買運動をしたらいい。
その上で多大な賠償をさせ、週刊文春の暴走を止められなかった文藝春秋社そのものが、社会的責任を取るべき内容と私は思います。

結果、小室さんが引退発表したことで、世の中は良い方向に変わるかもしれない。
今後も同じようなことは起きるでしょうが、教訓にしたいものです。


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posted by メタマネ佐藤 at 08:51| Comment(0) | 日記
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