2018年02月24日

落語と長屋。

古典落語に、「孝行糖」という演目があります。
そのあらすじを簡単に。

与太郎という愚かな若者(知的障害と言ってもいいくらいかな)が、親孝行をして、お奉行様から報奨金を頂いた。
与太郎が暮らす長屋の大家さんが、このお金を遊びなんかで使ってはいけないので、それを元手に商売かなにかを考えて、手に職を持たせ、与太郎の食い扶持が稼げるようにしてやろう、と考えた。
そして長屋の者が集まって、親孝行で得た元手だから、「孝行糖」という名前を付けて、飴を売らせたら良いのではないか…という話です。

この話で、与太郎に職を持たそうと動いたのが「五人組」。
隣近所で助け合うことを、幕府が定めた互助組織です。

これ、なんだか地域包括ケアシステムの話と似てると思いませんか?

孝行糖のお話ができたのは、明治時代とされています。
その頃のおおらかな風土と、互助の精神が根付いていたことを実感させられます。

なぜなら、与太郎に職を持たそうと努力したのは、与太郎の身内ではなく、プロでもなく。
彼の住む長屋の大家さんと、住人たちだったわけですから。
現在、コーポの大家さんや他の住人に、同じことができるか?と考えると、こうした笑い話が生まれる背景というのも、実に興味深いものと思うのです。

この「長屋」。
落語の舞台にはよく登場しますね。

ここで暮らす、貧乏ながらも底抜けに明るく、ちょっととぼけた面々というのは、なかなか現代社会ではお目にかかりません。
その助け合いの人情であったり、馬鹿馬鹿しさであったり、ちょっとウィットに富んだ話であったり。
そういうものを、演者の話術で“噺”に仕立てる。

そこにあるのは、「同じ場所で暮らす」からこその「ご縁」を大切にする、という価値観。
隣近所が困っていたら、当然に助け合う、という日本人らしい価値観なのだと思います。

古き良き時代、とよく言いますが。
それでも、今よりずっと不便な時代であったことは、間違い無いわけで。
それなのに、現代社会を“生きにくく”感じてしまう。

そういう時に、落語に出てくる長屋の面々に、心癒される気がするのです。
今の時代こそ、長屋は必要なものかもしれませんね。
posted by メタマネ佐藤 at 19:57| Comment(0) | 日記
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