2018年03月13日

視覚障害と笑い。

コンプレックスをネタにする笑い、というのは以前からよくありました。

ブス、だったり。
デブ、だったり。
ハゲ、だったりね。

しかし、先日のR-1で優勝した濱田祐太郎さんは、そのどんなジャンルよりも強力な個性を武器にしていました。

なぜなら、彼は視覚障害者。
白杖を持って登場した彼は、目が見えない生活の中での「あるある」を、素晴らしい“話芸”の笑いに昇華していたのです。

これは、どんな芸人も敵わない、と思いましたね。
なにより、話術が明らかに優れていた。

僕はものすごくお笑いが好きですが。
それは、「笑い」という文化について、人を笑わせる、幸せな気持ちにさせる“力技”に、尊ささえ覚えるからなのです。

そんなお笑い大好きな私をもってして。
ここ数年のなかでも、濱田祐太郎さんの笑いは、群を抜いて素晴らしかった。

しかし、世間的には「障害」を笑いに変えるのは“いかがなものか”という意見があるようですね。
僕は、その発想こそが差別だと思っています。

なぜなら、目が見えないことは彼にとって日常であり、事実であり。
その中の“あるある”を紹介することは、障害者の世界や生活を知る意味でも重要です。
そもそも、他者がどうこう言うものではない。
目が悪かろうが、耳が悪かろうが、知的障害だろうが、デブだろうが、ハゲだろうが、ブスだろうが、それは同じなのです。
ただ、今までにそのジャンルの笑いがなかった、ということ。
これは相当な勇気がなくてはできないことです。

そして、自分の私的な体験を、話術で笑いに昇華しているのは、紛れもなく彼自身の笑いの技術であり、情熱がなくてはできないことなのです。
その意味で、彼は誠実に笑いを追い求めてきたはず。
だから私たちは、それを素直に楽しめば良い。

その意味において、目が見えないということは、ハンデではなく、強みであった。
さらに言えば、これは一つの笑いの鉱脈かもしれません。

「障害を笑いにするのは不謹慎」みたいなことを言う人もいますけど。
僕は、その発想が差別なんだ、ということを改めて言いたい。

最後に濱田さんの言葉を引用します。
「目の見えない部分を笑いにすると、笑いにくいのかなと思ったので、もっとボケの幅を広げていきたい」

それでこそ、芸人。
素晴らしい。


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posted by メタマネ佐藤 at 21:45| Comment(0) | 日記
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