2011年07月28日

メタマネむかしがたり 歌は世につれ。

突然ですが、カラオケ大好き、メタマネです。
僕の若い頃、どんな人がモテたかって言ったら、なんつっても歌のうまい人だった(ように思ってた)。

僕がちょうど高校生くらいの頃だったろうか。
カラオケボックスが世に広まり出したのは。

高校生の頃は、なんつっても「どうやったら女の子にモテるか」ってことしか考えてなかったように思います。
それは、男子校に通っていた反動であったのか。
若き日ゆえのリビドーであったのか。

なんにしても、行動の基準は常にソレ。
学校の勉強なんかより、正直ず〜〜っと大事でした。

まあ、大体週に3回くらいはカラオケに通っていましたね。
時々、それをテープに録音したりして。

アホな友達と、自分達の歌声を繰り返し聞きながら、「ここはこうやった方が上手く聞こえる」とかやってました。

そんなわけで、自分の声を鍛えていたんですが、それでモテるようになったかってえと…… (ノ-_-)ノ~┻━┻
女性というのは、ミステリアスですね ★

そんなわけで、無駄に時間を過ごしたようにも思うが、若い頃の経験は、意外なところでアドバンテージとして活かされるようになるもので。
僕の場合は、デイサービスという職場がそれだった。

カラオケから流れる懐メロに合わせて歌うと、とにかく大盛り上がり。
普段気難しい人も、帰宅願望の強い人も、「もっと歌って〜〜(//∇//)」と、とにかくメチャモテ。
モテたい願望は、はからずも果たされることになったんです。
まあ、相手はトリプルスコア以上のお姉さまであった訳なんだが。

それはさておき。

どんなに年が離れていても、やっぱり喜ばれると嬉しいわけで。
いっぱい勉強して、懐メロを沢山覚えました。
たぶん全盛期は、200曲以上覚えてたんじゃないでしょうか。

そうして色々な歌を歌ってみると。

戦前や戦後の歌謡曲というのは、実に意味が深くて、美しいということが分かるようになってきた。

その時代の“好きな歌”、沢山あります。

シベリア抑留者の方たちが、寒さと重労働に耐えながら、故郷を思って歌い上げた「国境の町」。
集団就職で故郷を離れた若者が、都会の片隅で、ふと母親を思い出す「ああ、上野駅」。
人生の悲哀漂う、古賀メロディの数々。

くぅ〜、泣ける(/_;)。

実は、今でも訪問の時に、利用者様と一緒に懐メロを歌うことがあります。
歌は世につれ、世は歌につれ、とはよく言ったもので。
そうしたきっかけから話が広がって、その方の意外な生活歴に触れることもあるんですよね。

なんでも無駄なことって無いもんだ。
と自己満足で締めておきましょう。
posted by メタマネ佐藤 at 21:27| Comment(0) | むかしがたり
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