2011年12月21日

メタマネむかしがたり とうちゃんの運転免許。

毎日、寒いっすねぇ。
なんか、これで例年通り位なんでしょうか?
いつもより寒く感じるんですけど、毎年そんな風に言ってんでしょうね。

さて。

ひさ〜しぶりに、幼き日の思い出なんか語ってみましょうか。

今日語るのは、僕がまだ幼稚園くらいの時のことです。
なんだか最近、ふと思い返すことがありまして。
自分の今の思いを書いてみることにしました。

では、語ります。

前にも書いたことがあるんですが、僕んちの両親は耳が不自由なんです。
んでも、二人ともすごく前向きだし、それが「不便だな」と思うことはあっても、「不幸だな」と感じたことはありません。
当事者の二人はどうかわからんが、少なくとも僕はそうなんです。

これは、そんな僕の父ちゃんが、「車の運転免許をとりたい」と言った時のはなし。
先にも言いましたが、このとき僕は幼稚園くらいの年齢でした。

うちにはそのころ、ばあちゃんも同居してて、これがなかなかの肝っ玉婆さんだった。
そして、免許を取得することには、“絶対反対”だった。

父ちゃんや母ちゃんからすれば、車の免許があれば行きたいところへ行けるし、買い物も便利だ。
僕を色んな所にも連れていってやれる。
耳が聞こえないからといって、運転できない訳じゃ無い。
だから、免許を取りに行かせてくれ、と訴えた。

ところが、うちのバアちゃんは大反対。
色々言ってたが、要約すればこうだ。

「人様を怪我させたときに、世の人達は「なんで障害者に運転させたんだ」と見る。
私は親の責任として、免許を取らせる訳にはいかない。」
と、自分が悪者になって、心を鬼にして言ってた訳です。
まぁ、うちの父ちゃんはムコさんなんで、義理の息子ですが。

ただ、今思うと凄く封建的な、差別的な考えです。
これ、父ちゃん側の、実の母親からの願いでもあったのです。

というのも。

父ちゃんの父ちゃんは(おれからすりゃじいちゃんだな)、うちの父ちゃんが生まれてすぐに、トラックに跳ねられて死んでしまってるんですね。
うちの父ちゃんは7人兄弟の末っ子ですから、幼い頃は相当苦労したようでした。

ま、そんな訳もあって。

「免許は絶対に取らせん」てな具合で、よくケンカになってたのさね。

僕はというと。

すごいバアちゃん子だったから、良いとも悪いとも分かんないのに、無条件にバアちゃんの味方をしていたのだな。

今思うと、ホントにヒドイことしてたな。
「車の運転ぐらい、させてあげりゃあ良かったのに」と思う。
健常者だって、いつ事故起こすか分かったものじゃないんだからね。

一回、すごいケンカになったとき。
僕はケンカして欲しくなくて、泣きながら「絶対運転したらダメ!」って食ってかかったの。

そっからは、父ちゃんは二度と「免許がほしい」とか、言わなくなった。
バアちゃんが死んだ今でもそう。

僕は大人になって、その事に罪悪感を感じるようになりました。

そして想います。

バアちゃんが車の運転をさせなかったのは、間違いなく親としての愛と責任感。
そして悲しいかな、障害に対する片寄った認識。
心のバリアを、自分から作ってしまった状態とも言えるでしょう。

……バリアフリーや、ノーマライゼーションというと、今でこそ常識的な観念かもしれません。
しかし、今からおよそ30年前の、その頃はどうであったか。
さらに、私の両親の生まれ育った頃はどうであったか。

こうした愛ある差別こそが実は問題で、解決の難しいことだと思うんです。

まぁ、そんなこともありましたけど、今では思い出話。

ドラえもんが実在するならば、ぜひタイムマシンであの日に戻って、違う結論が出るようにしたいものです。
posted by メタマネ佐藤 at 21:40| Comment(0) | むかしがたり
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