2012年02月27日

短期連載「仏教」〜四聖諦〜

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さて、今回から「仏教の教え」の世界に、本格的に入っていきますよ♪

んで。

先に結論的なことを言いますけど。

仏教の教えは、「生きることは、すなわち苦である」という自覚からはじまります。
この「苦」については、実際の苦しみを指すというよりは、「思い通りにならない苦悩」を指す、と考えた方がよいでしょう。

実際、思い通りにならない現実を、思い通りに変えるというのは不可能。
人は誰しも「死にたくない」と思っても死ぬし、「年を取りたくない」と思っても老いる。

そうした苦悩から、逃れようとすればするほど、苦悩は深くなる。
目を閉じて、それを見ないようにしようとしても、苦悩は変わらずそこにあり続ける。

だから、自分の“思い”の方を変えてみよう。
見方を変えよう、考え方をととのえよう、ということが仏教の本質と言えるワケです。

日頃から私たちは、そうした“苦”に対して、事実を歪曲してとらえたり、ごまかしたりすることで、どうにか適応している。
しかし、どうやっても「生きている以上は逃れられない苦しみ」というものがある。
それを「四苦八苦」と仏陀は言います。

今回取り上げる四聖諦(ししょうたい)とは、
苦諦(くたい)…「生きることの苦(四苦八苦)とは何か」
集諦(じったい)…「苦に執着するのはなぜか」
滅諦(めったい)…「苦しみを解体すれば心安らかになる」
道諦(どうたい)…「その方法は、八正道である」
という四段論法のこと。

「生きることの苦しみに、上手に向き合うための方法、それが仏教の教えなんですよ」ということなんです。
四聖諦とは、その構成概念なんですね。

そしてこの視点から、新たなお題が出てきました。

それは。

苦悩のもと、四苦八苦とは何か。
元々ある苦が、人によって、状況によって違うのはなぜか。
苦を安らかに受け入れる実践法、八正道とはなにか。

といった問い。

次回は、「四苦八苦」を取り上げます。
posted by メタマネ佐藤 at 21:00| Comment(0) | 仏教
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