2012年04月16日

短期連載「仏教」〜仏陀の言葉〜

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「仏教」に関する連載シリーズも10回目。

今日は、仏陀の残した言葉について触れていこうと思いますが、その前にちょっとおさらい。

仏教の教えは、生きている以上避けられない“苦”に、どのように向き合えば良いのか、というものです。
あらゆるもの連なりを意識し、自らの存在を空とし。
執着から解放されるための法。
それを体現する「お経」は、仏陀の教えを後世に伝えるものであり、「仏陀の言葉」に由来する。

そんな訳で、今日はシリーズの最終回でもありますし、「仏陀の言葉」そのものに触れてみようじゃないか、というわけです。

そこで、いわゆる経典の中でももっとも古い、原始経典ニカーヤ(阿含経)とスッタニパータ(経集)から、現代語訳版の“仏陀の言葉”をお届けしましょう。

「私はあの人より優れている」とか「あの人と同等だ」とか「あの人より劣っている」と考える人は、それによって言い争うことになろう。
これら三種の考えに心が惑わされない者には、「勝れている」とか「同じだ」ということ自体が存在しない。

人の寿命は短い。
すぐれた人は、寿命を過大視するなかれ。
髪の毛に火がついた人のように行動せよ。
死が訪れないなどということは無いのである。

息子を持つものは、息子のことで思い悩む。
牛を持つものは、牛のことで思い悩む。
人は自分が執着しているもののことで思い悩む。
実に、執着の無い人は、思い悩むことはない。

自分を苦しめず、他者を傷つけることもない、そんな言葉だけを語れ。
それこそが「正しく語られた言葉」というものである。

人々は「自分のものだ」と執着した物のせいで苦しむ。
なぜなら、自分の所有物は常住ではないからである。
「それは離れ行くものだ」と見て、在家に留まっていてはならない。

……いかがでしょうか?

現代語に超約されていますので、ニュアンスが伝わりやすいのではないでしょうか。

しかしこうして見ると、仏陀のといた仏教というのは、相応に相当広い概念であるとも言えます。

そして。

およそ2か月にわたりお届けしてきた「仏教」のシリーズも、今回で一応最終回、ということにさせていただこうと思います。

次回連載は……なんにしようかな。
posted by メタマネ佐藤 at 22:54| Comment(0) | 仏教
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