2012年07月30日

連載「バイステック」〜自己決定 その2〜

DSC_0064.JPG
さて、バイステックの原則の6番目、自己決定について。
前回は、自己決定ということについて、精神的自立の側面から見ていきました。
…といってもこれは、“自己決定”のもつ意味について、より深く捉えて頂くためのきっかけとして頂ければよいか、と思うところでして。

実は、バイステックの自己決定に対する考察は、さらに深いところに切り込んでいるんです。

それは、哲学であり、民主主義の理念でもあり。
「自由とは何か」という、かの国において最も尊重されるべき、根元的な意思と責任について触れています。

ともすれば、福祉とは。
富める者と持たざる者、施す者と施される者という強弱の二元論で語られる場合がある。

決定権限は、必ずしも当事者の側になく、“施す”強者によってもたらされることもあった。
それは、当時の社会の世相を色濃く反映したものでもあった。

例えば、クライエントの意思が援助過程に介入することは、円滑な援助の進行を複雑化させ、多大な労力を払うことになる可能性が高い。
だからもっと“識っているもの”が、率先して行く先を示す道先案内人にならねばならない……といった具合に。

しかし、そうした問題は、ケースワークの発展と共に次第に洗練され、自由に関する多くの問題が明らかにされ、具体的に検討されるようになっていく。

主には、クライエントの権利は、援助過程への“参加”レベルに留まるものではない。
もっと主体的な、決定にともなう責任までも、クライエントの決定と同意によって、クライエント主導で進められるようにすべきである。

クライエントが自分で援助計画を立てることは、彼自身の成熟の助けにもなり、彼自身が自ら成熟度を図る機会にもなる。
そうした自己効力感を引き出すことは、クライエントの持つ根元的な力を育てるだけでなく、ワーカーとの信頼関係を醸成する上でも重要である。

……といった具合ですね。

ここで、バイステックの自己決定の定義について、そのまま引用します。


クライエントの自己決定を促して尊重するという原則は、ケースワーカーが、クライエントの自ら選択し決定する自由と権利そしてニードを、具体的に認識することである。
また、ケースワーカーはこの権利を尊重し、そのニードを認めるために、クライエントが利用することのできる適切な資源を地域社会や彼自身の中に発見して活用するよう援助する責務を持っている。
さらにケースワーカーは、クライエントが彼自身の潜在的な自己決定能力を自ら活性化するように刺激し、援助する責務も持っている。
しかし、自己決定というクライエントの権利は、クライエントの積極的かつ建設的決定を行う能力の程度によって、また市民法、道徳法によって、さらに社会福祉機関の機能によって、制限を加えられることがある。


となっています。

ちょっと分かりにくいので、ガリッと噛み砕いてみましょう。
要するに、こんな感じ。

「人は誰しも自由だ。
自由には、責任も伴う。
自己決定を大事にするということは、その人の権利を大事にするということでもある訳だ。
私たちは、そのように自己決定の持つ意味を理解しなくてはいけない。
私たちは、彼らが迷ったときに道しるべになるであろう、いくつかの答えを準備しておくべきだろう。
そして、「自分で決める」という判断力を育てるように、側面的に関わることも大切だ。
だからと言って、「なんでも自由です」というわけにもいかない。
その人の能力や、まわりの環境、制度や私たち自身の役割によっても、自己決定できることの範囲は、変わってくるだろう。」

って感じですか。

つまり、自己決定というのは、「自由に自分の人生を生きる」という、当たり前の権利を保障するものでもある訳です。

だから、重い。
とても重要なのです。

そんなわけで、この原則の連載はもうちょっと続く。
次回は「ワーカーのこんな関わりは○○だ」という、鉄拳的なノリでお伝えしてみようかと思います。
posted by メタマネ佐藤 at 23:03| Comment(0) | バイステック
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: