2012年08月01日

厳しさ。

厳しさは、厳しく言うことではない。
仕事に厳しいということは、ルールを守るよう躾をすることではない。

それらは、わずかな側面に過ぎないにもかかわらず、それが“厳しさの全て”であるかのように錯覚してしまう。

そう、これは錯覚に過ぎない。

じゃあ、厳しさとはなにか。

最近僕はこう思う。

厳しさというのは、“責任を負う”ということだ。

例えば仕事の問題が起きたときに、“責める”のではなく“責任の取り方”を検討する。
解決策や対応策、その実施、結果まで含めて尋ねる。
具体的に、納得のいくまで話し合う。

そうする向き合い方、意志疎通ができるのか、どうか。
そうした真摯な姿勢を持ち続けることができるのか、どうか。
仕事の責任から逃げずに向き合えるのか、どうか。

それを、自分で感じながらもコントロールできる人が、仕事に厳しい人だと思う。

人の繋がりによって成り立つ仕事ならば、なおのこと。

紳士的に、優しく、いつも穏やかにあるべきだ。

どうしても、キツく言わないといけない場面があるとすれば。
それは躾のできていない、「コドモの職場」だ。

でも、「叱る」って行為そのものが、相手を上から半人前扱いしているからでもあり。
それが原因で、立ち止まっている可能性もある。
「叱る」というスキルは、半端なく難しい。
そして、得るものも少ない、というのが実感。

さて、大人の仕事ってなにかと考えると。

自分で責任を負えるってことだろう。

大人の職場ってなにかと考えると。

皆が自立できているってことだろう。

「責任を果たす」こと。

それは“職場”に求めることではあるまい。

責任は、自らに問いかけて、自らの役割を自覚し、当事者の意識を持って職務に取り組む。

そういう意識を“厳しさ”と言うのではないだろうか。
posted by メタマネ佐藤 at 23:51| Comment(0) | 日記
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