2012年08月06日

連載「バイステック」〜自己決定 その3〜

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本日も、バイステックの原則に於ける「自己決定」の原則。
先週からの続きの部分。

本日のテーマは。

クライエントの自己決定を支援する、ケースワーカーの果たすべき役割がまずひとつ。

二つ目は、「こんなんアカンよ!」というのを何パターンか提示。

いずれも、分かりやすいようにケアマネの立場で例示を付け足してみました。

では。

まず一つ目の、「自己決定を支援するワーカーの役割」について。

1、クライエントが彼の問題やニードを明確に、そして見通しをもって見ることができるように援助すること。
例)本人や家族が混乱している場合に、その話を傾聴して、内容を整理していく。焦点化によって考えやすくなったり、問題と向き合えるようになる。

2、クライエントが地域社会に存在する適切な資源を知っているように援助すること。
例)サービスの利用に際して、利用者が自分の意思で選択できるように、複数の選択肢を用意する。この時に、押し付けにならないように気を付ける。

3、休止状態にあるクライエント自身のもつ資源を活性化する刺激を導入すること。
例)「もうできないだろう」と思いこんでいることに対して、「こうすればできる」という、実現可能な目標や方法を提示する。

4、援助関係を、クライエントが成長し、問題を克服するための環境とすること。
例)利用者との信頼を深めて、「あなたが言うのなら、できるかもしれない」と前向きな気持ちを引き出し、さらに深化させていく。

とりあえず、バイステックが言っている「イケてる自己決定の支援」とは、こんな感じです。

さて、では続いて「こんなワーカーは○○だ!」というイケてないパターンを見てみましょう。
これも例示はケアマネで。

1、問題を解決する主な責任をワーカーがとり、クライエントに従属的役割をとらせること。
例)“ケアマネ様”の自己中プラン。利用者にも命令する。

2、クライエントからの求めがあるなしにかかわらず、クライエントに起こるすべての出来事の社会的ないし情緒面での動きについて細かすぎる調査を行うこと。
例)とにかく細かい。相手の気持ちを考えず、なんでも聞き出して管理しようとする。ある意味親切すぎる、依存させるケアマネ。

3、直接・間接にクライエントを操作・操縦すること。
例)利用者ではなくケアマネが、理屈や根回しでサービス利用や中止を決める。それも勝手に。

4)コントロールするような仕方で説得する。
例)流れるような見事な説明で、有無を言わさない。「これこれこのような理由で、あなたはデイサービスを使う必要があります」的な。

とりあえずは、こんなところ。

自己決定の支援においてワーカーは、利用者の自己決定がもたらす利益や不利益についての分析、裏付けされる知識、科学性、心の動きに対する感受性、洞察力といった様々な資質が求められますが……。
その“質”については「これだけやっとりゃ、OK」とはならない。
常に内省的に、決定の質を高められるように意識しなくてはならない。

逆から言えば、そういう当事者の自己決定を軽視するような態度が一番イカン!

でも、そういうことって、よくあるよね……。
認知症の人や、精神疾患のある人、ひょっとしたら「要介護者」というラベリングが、“自己決定”の本来の意味を見失わせてんじゃないか、とも思う。

しかし、介護保険で言えば「あなたに私のプランを立ててもらおう」という意思。
その、最初の自己決定なくしては、ケアマネは“存在しない”のです。

だからこそ我々は、ご利用者様の代弁者、介護に於ける代理人として、忠実でなくてはならない。
そしてそれは、ヒューマンサービスに関わる全ての人が、共有すべき認識でもあると思うのです。

しかし、この自己決定というのは奥が深い。

次回、もう少しだけ掘り下げて、この原則について締め括りたいと思います。
posted by メタマネ佐藤 at 22:57| Comment(2) | バイステック
この記事へのコメント
「利用者への押し付け」っていうのは、居宅よりも我々の様なユニット型特養の方が顕著な気がしますね。サービス担当者会議はおろか、ブロックのミーティングにも後見人や増してや本人が同席しているのを見たことが無い…でも各入居者に対して担当介護員が定められていて、会議とかでは「どうするの?」何て訊かれる。変なこと提言して波風立てたくは無いですが、ユニットというものがていのいい管理手段になっていないか気になります(内部者には逆に判らないのですよ、そういう事って)。
Posted by すか at 2012年08月07日 14:07
なるほど〜、確かに客観的に見ていくことが難しい施設内であればこそ、余計にこうした所は難しいのかもしれませんね。
私は、重介護の方や、認知症の方の「自己決定」について考えるとき、いつもやるせない気持ちにならざるを得ないのです。
施設にお勤めの方こそ、より身につまされることなのだろう、とは思うのですが。
Posted by メタ at 2012年08月07日 23:44
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