2012年08月13日

連載「バイステック」〜自己決定 その4〜

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今週も、先週に引き続き、自己決定について見ていきます。
そして、今回が自己決定に関する「まとめ」。

自己決定に関わる基本的な権利を言い換えれば。
「自分のことは自分で決める。どこでどんな生き方をしても自由なんだ!」という、自由権がベースになります。

しかし、なんでも「自由」が許されるかと言えば、そんなことはない訳で。
「他の人の迷惑にならないようにする」とか。
「まだ幼いので、そこまでは認められない」とか。
様々な配慮からなる「制限」を受けることになりますね。

大雑把な言い方ではありますが、少なくとも「自己決定の原則」だからとはいえ、なんでも自己決定“ではない”、ということです。

と、すれば。

相談援助者は、クライエントのおかれた「自己決定できる範囲」を、正確に見積もりできないといけない。
なんでも「ご利用者様が決めたことですから」といっていたのでは、仕事の責任も負っていない、ということになりますね。

そこで本日は、自己決定に於ける制限について、いくつかの視点から見ましょう。

1、積極的かつ建設的決定を下すクライエントの能力から生じる制限。
基本的に、すべてのクライエントは自己決定できる能力を持っている、という前提に立つことが、私たちには大切ですが。
短期記憶障害や失見当識が著しい、認知症高齢者の場合などでは、「今後の生活をどのようにしていきたいか」というような、将来予測に基づいた、建設的な自己決定を行うことは、おそらく無理でしょう。
しかし、「嬉しい」とか「今は嫌だ」というような決定はできる、というような場合。
これは、当事者の“決定能力”という点から見て、クライエントの自己決定は制限を受けている、ということになるわけです。

2、市民法から受ける制限
本書では「市民法」となっていましたが、本文を読む限りでは広く法令、制度全般を指しているようです。
私たちは法治国家にいるわけですから、当然のことながら法令を順守していく義務があるわけで。
それに反するような自己決定はできない、ということです。

3、道徳法から受ける制限
前項の制限が、法令といういわゆる「成文法の制限」であるならば、こちらは道徳という「不文法の制限」ですね。
いわゆる倫理とか、モラルとか。
法律違反はおかしていなくても。
“人として、それはいかがなものか”というような自己決定は、容認される対象とはなりません。
しかし、それは相手を「自分の思う物差し」で図ることになる、危険性もはらんでいる。
なのでこれは、第5原則「非審判的態度」の項と照らして、注意しておく必要があります。

4、福祉機関の機能から受ける制限
私たち支援者も、何らかの機関に属しており。
その中で行うべき「支援の範囲」は、職域の制限をうけています。
ですから、その専門分野を無視して越えていくことは、あってはならない訳です。
しかし、「それは自分の仕事ではない」とバッサリいくのも、また間違いで。
関連する業種の、違う専門機関に「紹介する」ことが必要になるわけです。
また、「利用者が多くて対応しきれない」なんていうのも制限ですね。

つまり。

クライエントの自己決定は、「能力」「法律」「道徳」「機関」の4つの視点から制約を受ける、ということです。
色々と制約はあれども、こうして考え方を整理してみると、それでも自己決定できる範囲と言うのは、実はなかなか広い。

また、制限となってはいますが、私たちは、できることならばクライエントの決定をできるだけ実現に近づける、という視点から関わることが求められています。

もっと平たく言いましょう。

「私たちはクライエントの味方でなくてはならない」。

自己決定を尊重するということは、その人の意思、尊厳を守るということと同義です。
その為には、その制限の及ぶ範疇についてもよく理解しておかないと、とんでもないことになる。

だけど、それでもそうした決定に至る背景を尊重する姿勢。
それに気づけるかどうか、というのが大切な資質だろうと思うんですよね。
posted by メタマネ佐藤 at 22:28| Comment(0) | バイステック
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