2012年08月26日

メタセレクション 「置かれた場所で咲きなさい」

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本日は日曜日です。
なので、またまた自分が好きな本の紹介を、勝手にさせていただきましょう。

さらに。

本日でメタマネブログは更新600回を迎えました!

う〜む、徒然なるも、よくもまぁ“飽き性”の私が続けられているものだ、と自分ながら感心しますね。

さて、そんな“600回記念”という訳でもないんですけど。
本日ご紹介するのはこれです!

渡辺和子 著 「置かれた場所で咲きなさい」

最近読んだ本のなかでも、特にふか〜い共感を覚えたこの本。
著者は地元岡山市の名門女子大、ノートルダム聖心学園の理事長を勤められている方です。

敬虔なクリスチャンである著者の、“こころがけ”が、分かりやすく、優しい言葉で「語りかけられている」と感じるこの本。

それを一節ずつ、朝の時間に読んでいるのが私の読み方。
仕事に行く前に読むと、今日という1日に感謝できそうな気がしてくるんです。

では、少し引用させていただきます。

〜ほほえみを絶やさないために〜

「顔で笑って、心で泣いて」という言葉は、何となくわかるのですが、心に笑顔を持つというのは、どのような場面をいうのでしょう。
信仰詩人と言われ、若くして亡くなった八木重吉が、次のような詩を残しています。

いきどおりながらも
うつくしいわたしであろうよ
哭きながら 哭きながら
うつくしいわたしであろうよ

この詩がうたっている「うつくしいわたし」こそ、心に笑顔のある人なのかもしれません。

三十代の後半で、四年制大学の学長に任命された私は、教職員や学生から、あいさつされるのが当たり前と考え、そうしない相手に“いきどおり”を感じる傲慢な人間でした。

その私が、ある日「ほほえみ」という詩に出合って変わったのです。
その詩の内容は、自分が期待したほほえみがもらえなかった時、不愉快になってはいけない。
むしろ、あなたの方から相手にほほえみかけなさい。
ほほえむことのできない相手こそ、あなたからのそれを、本当に必要としている人なのだから、というものでした。

最初、「そんな不合理な」と思った私はやがて、これこそキリストが求める「自分がされて嬉しいことを、他人にしなさい」という愛の教えなのだと気づいて実行したのです。

ところが、私からのほほえみを無視する人たちがいました。
そんな相手に“いきどおらず、美しいわたしであるために”、私はこう考えることにしたのです。

「今の私のほほえみは“神さまのポケット”に入ったのだ」と。

そう考えて、心の中でニッコリ笑うことができるようになりました。

美しいわたしであるために、むしろ、ありがたくさえ思えるようになったのです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

素晴らしい考え方だと思いました。

これはあくまでも一説ですが。
どこを開いても、こうした渡辺先生の「生きるヒント」が盛り沢山。

「ああ、今日はこれに気を付けてやってみよう」と思えることばかりです。

私は仏教徒なので、「仏様のすそに入ったのだ」と思うようにしましょう。
僕も今日から、アルカイックスマイルです。
posted by メタマネ佐藤 at 12:28| Comment(0) | メタセレクション
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