2012年09月09日

メタセレクション 「きみはいい子」

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さて。

日曜日恒例のメタセレクション。
勝手に書籍紹介です。

今回ご紹介するのは。
中脇初枝 著 「きみはいい子」です。

なんだか、ちょっと不思議なタイトルですよね。
しかし、内容は相当ディープです。

ある町を舞台にして、そこに暮らす様々な家族模様を、オムニバスで描いた作品。
新米教師、ママ友、PTA、近所の高齢者。

全編通じて描かれるテーマは、児童虐待。
それぞれの主人公の立場で、「どうしてそうなってしまうのか」ということが、生々しくも淡々と綴られていきます。

表題にもありますが、「いい子」という言葉に感じるちょっとした歪み。
それは、「誰にとっていい子なのか」ということを暗に問いかけます。
子供の立場にたって、「きみはいい子だね」と言われるということは、いい子であることを、大人に強制されることであるのかもしれません。

つまりは、親(大人)の言うことを聞く子が「いい子」。
世間の一般常識に照らしてみて、平均点以上が「いい子」。

未熟さゆえに、親の期待に応えきれない、「いい子」になれない子供たちは。
本当ならば最も愛情を注いでくれるであろう、自分の親たちから「躾」という名目の罰を受ける。
愛情を歪んだ形でしか受け取れない子供たちは、「自分は世界で一番悪い子だ、だから怒られるんだ」と、自分を責める。

自分自身に対する、肯定的な感情が育たないまま大人になり。
虐待は世代を超えて受け継がれていく。

世代を跨ぐごとに、次第に澱のように積み重なった、歪んだ愛情のかたち。
それは、現代社会の閉塞感とも相まって、誰の目にも触れず、子供たち一人ひとりの身に降りかかってくる。

この小説は、そんなエピソードがいくつか綴られています。

第1話「サンタさんの来ない家」。
いつも、夕方5時まで家に入れてもらえない、痩せた少年は先生に言います。
「みんなの家にはサンタさんが来て、プレゼントをくれる。
でも、僕がわるい子だから、うちにはサンタさんが来ないんだ。」

私たちも、時に高齢者虐待の現場に出くわす場合もあります。
その原因の多くは、愛情や執着の感情のもつれにある場合が多い、と感じます。
家族の間に生じる、多少の歪みや甘え。
築くことができなかった、相互理解や信頼、互いの必要性。
それが高齢者虐待という事象に、特化して現れる。
なので、家族史に対するアセスメントや、ジェノグラム、エコマップを駆使して関係のもつれを整理していくようにする。
なので、この小説に出てくるいくつかのエピソードが、とても興味深い。

世間一般的な認知としては、虐待の加害者は「血も涙も無い」という風に語られる場合が多いように思います。
ですから、小説という形でエピソードが語られるというのは、画期的な事だろうと思いますね。

児童虐待は、世代間連鎖が大きな課題に挙げられます。
自分がされた虐待を、自分の子にもしてしまう。
この本を読むと、「どうしてそうなってしまうのか」が、何となくわかります。

そして、どのエピソードでも。
切なくも、ともる希望がある。

うしろの帯にも書かれていますが。

「それぞれの家にそれぞれの事情がある。
それでもみんなこの町で、いろんなものを抱えて生きている。」

まさに、そんなお話です。
posted by メタマネ佐藤 at 08:29| Comment(0) | メタセレクション
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