2012年12月02日

メタセレクション 海と毒薬。

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どうも、メタマネです。
日曜日は、毎週勝手に気に入った本を紹介させていただいているのですが。
皆さんからも、けっこう「楽しみにしてますよ」なんて声かけをいただく一方で。
「よく本読む時間がありますね」なんてことも言われます。

うん、エッセイや読み物は、ちょこちょこっと読めますしね。
小説がホントは好きなんだけど、少しずつ読むと「熱」が下がるので、最近はあんまり読めてないですね、なんて答えてます。

しかし、今日のメタセレクションは、久々に小説から。

遠藤周作 著 「海と毒薬」です。

以前、遠藤先生の小説では「沈黙」を紹介しましたので、これで2作目ですね。

「沈黙」には、信仰と神の沈黙というテーマの対比がありましたが。
「海と毒薬」は、実際に戦時中に起きた、捕虜に対する生体実験をモチーフにした、人間の罪業意識について深く考えさせられる名作です。

物語は、気胸の持病を抱える「私」が、一人の医師に出会うところから始まります。
腕は良いが無愛想で、どこか陰のある医師、勝呂。

彼には戦時中、ある生体実験に関わって、捕虜の外国人を死なせた過去がある。

その実験というのは、
「人は、どれだけ生理食塩水を注射したら死ぬか」
「人は、どれだけ血管に空気を注入したら死ぬか」
「人は、肺を切除してどれくらいの時間で死ぬか」
という非人道的なもの。

戦争という特殊な環境のなか、当たり前のように、日常に横たわる死の中で。
次第に麻痺していく死生観。
その病院では、患者の人権は軽く、治療とも人体実験ともつかない行為が、日常的に行われていた。
気だるく、タバコを吸いながら、作業的に業務をこなす、どこか病んだ医師たち。
その中で勝呂医師は、一人の患者の死を通して、医師として、人として、最後の一線を失ってしまう。

そこに持ちかけられる生体実験の話。

捕虜となった彼ら外国人は、B29で日本中の町を焼いた者たちだ。
西部軍では、捕虜は捕まった瞬間に、銃殺刑と決まっている。
それを思えば、医学の発展のために、眠ったまま死ねる彼らは幸せではないか。

こうして、生体実験に勝呂は「断ろうと思えば断れた」のに、唯々諾々と参加を決める。
そうした様子を見た同僚から、「なぜ断らないのか」と尋ねられた勝呂は、こう答えます。

「神というものはあるのかなあ」
「なんや、ヘンな話やけど、こう、自分を押し流すものから――運命というんやろうが、どうしても抜けられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神と呼ぶならばや」
「俺にはもう神があっても、なくてもどうでもいいんや」

深い絶望につつまれた心を、もやの中に隠すようにして、生体実験に関わる者たち。
そして、戦争後罪に問われ、償った後も“罪の意識”に囚われながら生きている……。

つまり「海と毒薬」は、戦時下の生体実験という、実際に起きた事件をモチーフとして、日本人の「罪の意識」を描き出している作品。

ちなみに。

実際に起きた事件に関わった人物は、この小説の発表を受けて、改めて体験手記を残しています。

それによると、このときは戦時下でもあり。
憎き米英に対する人体実験は、非人道的であったとしても、軍からの要請に基づいて行われる、貴重な戦争医学としての、むしろ「勇気ある行動」と捉えられていたし、そう思い込んでいた、というもの。

つまり「罪」というより、「戦時下の洗脳」に意識上の問題がある、といっている。
これもまた、ひとつの“人間の意識”に対する問題提起であるのかもしれません。
posted by メタマネ佐藤 at 14:53| Comment(0) | メタセレクション
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