2013年01月29日

感動体験 from 夫婦。

ご家族のありようというものは、各ご家庭で様々であり、「こうあるべき」というようなものは「持たないように」しないといけない、と日頃感じています。

それは、バイステックの原則における「非審判的態度」。
支援者価値観を、相手に押し付けることに繋がるからです。

しかし、私たちも人間ですから、つい「嫌な家族!」と思うこともあるし。
「素敵な家族だなぁ…」と感動することもある。

今回は、そんなご家族、夫婦の姿に教えられる、感動体験です。

--------------
感動体験

齢を重ねられた男性の気持ちを、どのように受け止めて話を進めていけばいいか、最近考えることがあります。
その方の奥様は進行性の難病で、徐々に辛い状態になっていかれる、その傍にいて実質一人で奥様の身も心も支えていらっしゃる。
小学3年生以来の仲(と奥さまから聞きました)で恋愛結婚されたと聞いています。
ご主人が常に悩み迷いながら「どうしたものでしょうねえ、悩むんですよ、はははは・・・・」といつも優しげな、そして寂しげな笑顔で語られます。
夜中に何度もトイレに行きたいと言う妻に付き添って介助し、日中ベッドから落ちそうになるところを受け止め、立ち上がりや歩行時に介助を続け、「腰がねえ、痛くて・・・」と言われます。
しかし専門スタッフの介入、介助を「いやあ私が、なんとかしていきますから」と、いつも“私こそが辛い思いをしている妻の面倒を見ていかないと、妻が寂しがります”との思いなのでしょう、サービスを受け入れてくれません。
奥様も最近はご自分の状態を「どうしてこんな体になってしまったのかしら・・・・(涙)」と話され、気持ちが不安定になる回数が増えています。
おそらく、ご主人にもそういう心情を訴えておいででしょう。
だからこそご主人は「自分が」という思いで、一層悩まれるのかもしれません。
以前ご主人を支える年老いた奥様に感動した話をしたことがありますが、ご主人の「思い」の強さと奥様への愛情に感動することとなりました。
支援体制は、DSは以前から利用されていますが、最近やっと訪問看護と介護ベッドの導入を追加することが出来ました。
しかし実はCMとしてご主人の負担を軽減できるような支援を受け入れて頂けない、我が未熟さを痛感します。

コメント

ご主人、ご本人の心情に配慮しながら言葉を選んで声をかけられるA さんの姿が想像できました。
ご家族の介護負担を考えるとサービスの導入をいろいろと考えますし、ゆくゆくはその方がご主人にとってもご本人にとっても安心できる環境になることだと思いますが、決められるのはご本人とご家族様ですから、気持ちが向かなければいけませんもんね。
サービス担当者との信頼関係が徐々に今の「自分が」という頑なな思いを溶かしていってくれるのではと思います。
それに今はご主人の「自分が」という気持ちを大切にする時期なのかもしれませんね。
困った時はA さんが傍にいて、いつでも相談にのってくれる環境があるということが伝わっていれば、きっと大丈夫だと思います。
Aさんはすてきなケアマネさんだといつも尊敬していますよ!

〜〜〜〜〜〜

このケアマネさんは、ご主人の悩む様子に「自らの未熟」という言葉で、至らなさを感じておられますが。
私は、そうした夫婦の様子に心を沿わせて、「悩んでいる」とはっきり言えることが、この方の素晴らしいところだと思っています。

単純に「介護負担の軽減」ということで、サービスを強くすすめることもできるわけですが。
夫婦の間にある情緒的な絆、葛藤にしっかりと向き合い、自分自身も共に悩む。
いわゆる“共感的対応”とは、「こういうことだなぁ」と感じました。

このエピソード、ご主人の愛情の深さに胸打たれますね。
小学校の頃から、一緒に年を重ねてきたご夫妻。
体が動かなくなっていくというのは、確かに辛いことですが、反面そこまで人生を共に過ごして来れた、というのはとても幸せなことだと思います。

僕は、まだまだ人生の酸い甘いはわかりませんが。
人生における介護のプロセスは、いわば集大成の時期ではないだろうか、という気がしています。
その場面に立ち会うという我々の仕事は、得難い大切な“何か”を教えていただける仕事でもあると思っています。

Aさん。
どうか良き伴走者として、これからもご夫婦の暮らしを、支えていってくださいね。
posted by メタマネ佐藤 at 20:52| Comment(0) | 感動体験
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: