2011年01月06日

メタマネむかしがたり コブクロで泣いた夜

毎日寒いですねぇ。

今日はまた、メタマネのセンチメンタルなむかしがたりをさせて頂きます。

「歌は世に連れ、世は歌に連れ」とよく申しますね(古い)。
その時の自分の心のありようによって、ズバァーッ!と入り込んで来る歌っていうのがあるもんです。
これはメタマネが、ある歌によってまざまざと実感した時のおはなし。

それは前の仕事を「辞めよう」と決心した時のこと。

デイサービスの仕事を、心から愛していた私にとって、一番辛かったのはご利用者様との別れでした。

自分で言うのはおこがましい、恥ずかしい話なのですが、以前の職場にいた時は「ここに来られるご利用者様たちの、心の支えになっているのは自分だ!」という、強烈な自己中心的モチベーションを発揮しておりました。

そんな私にとって、職場を離れる事は愛する人々を見捨てる、という“ご利用者様に対する裏切り行為”でしかないように思われたのです。

ですから、退職を決心した後も、私は自分を責めていました。

そんな最終出勤日の帰り道。

私の心に飛び込んできたのがコブクロさんの「ここにしか咲かない花」でした。

何もない場所だけれど、ここにしか咲かない花がある…

私にとって、その職場はまさにその様な場所だったのです。

私は、無数の出会いと別れを経験した、“ここにしかない場所”を自分勝手に離れた。
でも、その温かな場所は、いつまでも変わらずそこにある。

何度も繰り返しその歌を聴きながら、私は涙を堪える事ができませんでした。

…この気持ちを忘れてはならない。
これは、私が自分で選んだ道なんだ。
それをいいかげんに歩む事こそ、私との別れを悲しんで泣いて下さった方や、励まして下さった方々を裏切る事になる…。

だから…… 力の限り闘え。

そんな風に自分に何度も言い聞かせました。

その“ここにしかない場所”は、今も私の胸の中に存在します。
きっとみなさんの胸の中にも、変わらずにあるのでしょう。

本日の体重 88.3kg
毎日寒いですねぇ。

 

今日はまた、メタマネのセンチメンタルなむかしがたりをさせて頂きます。

 

「歌は世に連れ、世は歌に連れ」とよく申しますね(古い)。

その時の自分の心のありようによって、ズバァーッ!と入り込んで来る歌っていうのがあるもんです。

これはメタマネが、ある歌によってまざまざと実感した時のおはなし。

 

それは前の仕事を「辞めよう」と決心した時のこと。

 

デイサービスの仕事を、心から愛していた私にとって、一番辛かったのはご利用者様との別れでした。

 

自分で言うのはおこがましい、恥ずかしい話なのですが、以前の職場にいた時は「ここに来られるご利用者様たちの、心の支えになっているのは自分だ!」という、強烈な自己中心的モチベーションを発揮しておりました。

 

そんな私にとって、職場を離れる事は愛する人々を見捨てる、という“ご利用者様に対する裏切り行為”でしかないように思われたのです。

 

ですから、退職を決心した後も、私は自分を責めていました。

 

そんな最終出勤日の帰り道。

 

私の心に飛び込んできたのがコブクロさんの「ここにしか咲かない花」でした。

 

何もない場所だけれど、ここにしか咲かない花がある…

 

私にとって、その職場はまさにその様な場所だったのです。

 

私は、無数の出会いと別れを経験した、“ここにしかない場所”を自分勝手に離れた。

でも、その温かな場所は、いつまでも変わらずそこにある。

 

何度も繰り返しその歌を聴きながら、私は涙を堪える事ができませんでした。

 

…この気持ちを忘れてはならない。

これは、私が自分で選んだ道なんだ。

それをいいかげんに歩む事こそ、私との別れを悲しんで泣いて下さった方や、励まして下さった方々を裏切る事になる…。

 

だから…… 力の限り闘え。

 

そんな風に自分に何度も言い聞かせました。

 

その“ここにしかない場所”は、今も私の胸の中に存在します。

きっとみなさんの胸の中にも、変わらずにあるのでしょう。

 

本日の体重 88.3kg

 

posted by メタマネ佐藤 at 18:28| Comment(2) | むかしがたり

2010年12月21日

メタマネむかしがたり 介護の仕事との出会い

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どうも、メタマネです。
今年ももうすぐ終わり。
最近、一年過ぎるのがとても早く感じるのは、メタマネがおじさんになったからなんでしょうかね?

今日は、メタマネが初めて介護の仕事に出会った時のおはなし。
あ、最初に言っときますが、創心会の話じゃ無いですからね。

メタマネが介護の仕事についたのは、22才の頃ですから、今から15年ほど前ですね。

学生時代は、介護とは無縁の勉強をしていましたし、自分に介護の仕事ができるとも思っていませんでした。
就職先は病院。
仕事は医療事務。
それこそ、何でも屋って感じでした。

いつも通り仕事に行ったある日、すんげえ上の人から呼び出しが。
それは、新設の社会福祉法人に、デイサービスの生活相談員として異動してくれ、という業務命令でした。

それまで、黙々と医療事務で働いていた私。
「生活相談員って何すりゃ良いの?」って感じでサッパリ分かりませんでしたね。

当時は措置制度の時代。
ゴールドプランの真っ最中で、施設は「産めよ増やせよ」の時代でした。
デイの利用者は、通い慣れた施設から、地域に新しくできる施設に変わらないといけませんでした。
ご利用者様に、通う施設を選ぶ権利は無かったんです。
介護保険制度ではあり得ない話ですよね。

そんな中、引継ぎをさせて頂く事が決まっている施設の方と打ち合わせするんですが、相手の言ってる言葉の意味が、全く分からない。
それこそ、「ADLって何?」どころか、「デイサービスって何?」っちゅう位のレベルだったのです。
これは、なかなかひどい話やね。

そうこうしてたら、僕には相談員の資格が無い、という事が発覚(当たり前だ)。
仕方ないんで、運転手として登録される事になったんですね。
つまり、上司もなーんにも知らなかった訳です。

さらにひどかったのは、僕だけじゃなくて関わる皆が素人って事だった。
職員8人中、4人が介護未経験。
デイの経験者はゼロ。

つまり、ノウハウは何にも無い。
教えてくれる人もいない。
施設長は病院の仕事が忙しくって、月に2〜3回位しか来ない。
大体において、施設長が何するのか分かってない。

まさにお先真っ暗。
皆で「どうすりゃいいんだよ!」ってヤケクソ。

でも。
そんな素人ばっかりの環境が、今にして思えば良かった。
分からん事ばっかりだったからこそ、必死になって勉強できたんです。

何より、素人だからこそ、利用者様から教わるという事に抵抗が無かった。
恥ずかしさを感じる事も無かった。
自分達が何をしなくちゃイケないのか、現場から身を持って学ぶ事ができたんですね。

だから、沢山失敗もした。
振り返って、「恥ずカシ〜!」って思う事こそ勉強だったんだよね。

まぁ、今そんな状態だったら、あっと言う間にその施設は閉鎖になりそうですが…。

やってみて分かったのは、介護の仕事には、他の仕事ではあり得ない様な歓びがあると言う事だった。
ホントに無茶苦茶面白かった。
「オレにはコレしか無い!」って思うまで、そんなに時間はかからなかったよ。

。自分みたいなつまらんヤツでも、誰かの力になれるんだ」という体験こそ、メタマネのスタートライン。
その道は、今日までも、明日からも、きっとずーっと先まで繋がっているんだと思うんですよね。

本日の体重 87.3kg
posted by メタマネ佐藤 at 23:09| Comment(3) | むかしがたり