2012年03月31日

久々にハマッた。カーネーション。

downloadfile-1.jpeg
カーネーション、終わってしまいましたね。
毎朝楽しみにしていたので、けっこう寂しい。
連ドラにハマるのって、何年ぶりだろ。
久しく無いように思いますけどね。

激動の時代を、自分らしく、逞しく生き抜いた「小原糸子」の生涯。
特にシリーズ後半は、毎回涙なくしては見られない、感動の連続でした。

主人公は繰り返し語る。
「人生は面白い」と。

主人公のモデルとなった小篠綾子さんは、自分の人生を連続ドラマにしてほしい、と熱望していたそうで。
最終週には、そうしたエピソードも語られていました。
なかなか自分からは言えないものでしょうけど、それを言ってのけて、ドラマまで実現するというのは、笑えるほどにスゴすぎる。
亡くなった後にも大きな影響を与えられる“だんじり母ちゃん”の生きざまには、脱帽しかないです。
色々な繋がりを感じさせるラストシーンも、素晴らしかったですね。

この半年間、ご利用者さんのお宅訪問をするときには、たいていカーネーションの話が出てきてました。
ご利用者さん達から見ると、主人公は少しだけ年上でしょうけど、皆さんが生きてきた“時代”を感じられるリアリティがあった所も良かったのでしょう。

テレビというメディアを使うからこそできる、共体験。
こういうの、すごく大事だと思います。
私も、こんなドラマみたいな、濃密な人生を歩んでみたい。
でもひょっとしたら、気持ちの持ち方ひとつで、毎日はドラマに変わるものかもしれませんね。
posted by メタマネ佐藤 at 22:48| Comment(2) | 日記

久々にハマッた。カーネーション。

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カーネーション、終わってしまいましたね。
毎朝楽しみにしていたので、けっこう寂しい。
連ドラにハマるのって、何年ぶりだろ。
久しく無いように思いますけどね。

激動の時代を、自分らしく、逞しく生き抜いた「小原糸子」の生涯。
特にシリーズ後半は、毎回涙なくしては見られない、感動の連続でした。

主人公は繰り返し語る。
「人生は面白い」と。

主人公のモデルとなった小篠綾子さんは、自分の人生を連続ドラマにしてほしい、と熱望していたそうで。
最終週には、そうしたエピソードも語られていました。
なかなか自分からは言えないものでしょうけど、それを言ってのけて、ドラマまで実現するというのは、笑えるほどにスゴすぎる。
亡くなった後にも大きな影響を与えられる“だんじり母ちゃん”の生きざまには、脱帽しかないです。
色々な繋がりを感じさせるラストシーンも、素晴らしかったですね。

この半年間、ご利用者さんのお宅訪問をするときには、たいていカーネーションの話が出てきてました。
ご利用者さん達から見ると、主人公は少しだけ年上でしょうけど、皆さんが生きてきた“時代”を感じられるリアリティがあった所も良かったのでしょう。

テレビというメディアを使うからこそできる、共体験。
こういうの、すごく大事だと思います。
私も、こんなドラマみたいな、濃密な人生を歩んでみたい。
でもひょっとしたら、気持ちの持ち方ひとつで、毎日はドラマに変わるものかもしれませんね。
posted by メタマネ佐藤 at 22:47| Comment(0) | 日記

2012年03月30日

新人歓迎。

今日は、居宅部門の新人歓迎会。
明日は、来年度から採用となる新卒社員の入社式です。

来月から、いよいよわが社も社員数が500名を突破。
なんだかすごいことになってきましたね……。

だけど私たちには、規模が大きいこと以上に大切なことがある。
それは、私たちが理念を尊ぶ同士である、ということ。
そのことを、私は最近つくづく感じるようになりました。

よき仲間に囲まれ。
よき学びに恵まれ。

誇りを持って従事できる環境。
常に研鑽し、励まし合える環境。

それが、理念を大切にする、ということ。

それを作るのは会社のお偉い人?
いや、そうじゃあない。

会社を作るのは、私たち一人ひとりです。

一人ひとりの努力が、会社を作るのです。
一人ひとりの信用が、会社を育てるのです。

そんな新たな仲間が増えた。
こんなに嬉しいことはありません。

共に学び、共に励まし。
共に成長のよろこびを分かち合いましょう。

あ、あと。
介護福祉士の合格発表があり、受験対策講座に参加してくださった皆さんから、講義に対するお礼の言葉をいただきました。
こちらこそ、本当にありがとうございました。
新たな介護福祉士の誕生に乾杯。
これからも、力を貸してくださいね。
posted by メタマネ佐藤 at 18:43| Comment(0) | 日記

2012年03月29日

医療連携研修。

昨日は、倉敷地域広域リハビリテーション支援センターが開催する、医療と介護の連携に関する勉強会に参加させていただきました。
講演は二部構成。

第一部は、倉敷中央病院の伊勢先生。
急性期の治療を通じて見えてきたものは何だったか、という話。
生活の場を海に例え、「上流(急性期)から下流(回復期、維持期)を経て在宅、というイメージを持っている人が多いかもしれないが、本当は海(生活の場)がスタートなんだ」と語られ、地域に出て保健、医療、福祉に携わっている方々こそ、「最先端なんだ」と勇気づけて下さいました。
そして、その循環を意識して、それぞれが自分の場所ですべきことを意識すべきだ、とも。

第二部は、西播磨総合リハビリテーションセンターの逢坂先生。
「倉敷市のこれから」という切り口で、少子高齢化が進んできたらどんな状態になるか、ということ。
普段顔を会わせても、本音は見えていないということ。
それを表に出して、具体的なルールを共有するには、どんなやり方をすればいいのか、ということ。
とにかく、分かりやすく、面白い。
目からウロコの二時間でした。

逢坂先生が言われた言葉で、印象的だったものがあります。

それはこんな話。

地域の元気な人たちに、一次予防を呼び掛けてもなかなか意識が根付かない。
どうやったら地域住民の当事者意識に結び付くのだろうか。
という問いに対して。

「それは、コーディネーターになりきれていないからだと思います」と。
それは、とても重い言葉だったと思う。

さらに、コーディネーターとして「自分は非力だと言いなさい」と言われていました。
WHOもそう言うてる、とも。

この「非力や微力をさらけだせる」という感性と勇気が、必要な場面になる場面というのは、確かに多い。
ですけど、人前であったり、ご利用者様の前であったりすると、なかなかそれが出せない。

まぁ、かっこいいところしか、人前では見せたくないものだし。

でも、それだけじゃぁ何にもならんと思うんですよね。
posted by メタマネ佐藤 at 22:08| Comment(0) | 日記

2012年03月27日

威力。

威力とは。

1、他を押さえつけ服従させる、強い力や勢い。「砕氷船がーを発揮する」「ーのあるパンチ」「金のー」
2、法律で、人の意思を制圧するに足る有形・無形の勢力を言う。威力業務妨害罪、競売入札妨害罪を構成する行為など。

要するに、他を威圧する力。
これを使って相手の意思や行動をコントロールしようとすると、犯罪やハラスメント行為になる。

「おんどりゃ〜(*`Д´)ノ!!!」
だけが威力ではない。

「○○がこうなるから、○○になって、○○しないといけないから、結果として○○するしかないと思います。」
なんて、10秒ぐらいで捲し立てられたら、誰だって「……はい」しか言えなくなるわな。
これだって立派な威力。

だけど結構、知らずに自分でもやってるときがあると思う。
こういう人、ケアマネさんには以外と多いんじゃないかと感じるんですけどね。

まぁだけど、まだそんな人は良い方で。
よく聞くのは、サービス事業者に対する明らかなパワハラ。

ほんの一例ですけども、こんな発言をしているケアマネが。
自分の言い分を聞かない事業所には「もうお宅には依頼しませんよ」とか。
サービス提供の範囲を超えることを依頼して「やってくれないと困るのよ」とか。

ひどいのになると「デートしないと利用者を紹介しない」とか。
「利用者の家の修繕費を払え」とか。
呆れてものが言えましぇん。

まぁ、中にはとんでもない要求をしてくるご利用者様もいらっしゃる。
解決がつかないから、ダイレクトに責任を事業所に持ってっちゃう、なんてこともあるかもしれんですけどね。
それにしても、酷いこと言うヤツは意外と多い。

何でこうなっちゃうかというと、一番の理由は勘違い。
依頼を出す方だから、資格を持っているから偉いと思ってけつかるバカは、わずかだが存在する。
こういう連中は、資格を剥奪できるようにしたい。
一刻も早く業界から退場願いたいのです。
ケアマネ資格に対する信用損失がハンパじゃないので。
マジ許せん。

だけど、大多数のケアマネは“そうじゃない”と信じてる。

なぜそうした事態が起きうるのか考えると。
僕は合意形成のプロセスを軽く考えているからじゃないか、と思うのね。

単純な言い方もできるんですけどね。
「人は、言われただけでは納得しない」ってコト。

相手の納得を得るためには、説明の内容と、説明の仕方のバランスがとれていなくてはならない。
その上で、相手の求めるデマンズと、専門職としてのニーズ、制度上対応可能なラインを、擦り合わせる過程が必要なのです。

その過程は、じっくり粘り強くやらんとイカン。
それができないとしたら、ケアマネとしての役割が果たせていないのと同義。

威力に頼っていないか、絶えずチェックしよう。
posted by メタマネ佐藤 at 22:16| Comment(0) | 日記

2012年03月26日

短期連載「仏教」〜三法印〜

DSC_0293.JPG
さぁ、だいぶ佳境に入ってきた感がある、短期連載「仏教」。
連載6回目の今日は、三法印を取り上げます。

三法印とは、
諸行無常(しょぎょうむじょう)
一切皆苦(いっさいかいぐ)
諸法無我(しょほうむが)
の三つ。

では、ひとつずつその意味するところを見ていきましょう。

まず、諸行無常。
平家物語の冒頭にもある言葉ですね。
後半の“無常”を、滅んでしまった平家と重ねて、悲壮感のある言葉のように捉えがちなんですが。
それは、“無常”を“無情”の意味と捉え違えています。
“無常”とは、「常に同じものはない」という意味。
“諸行”とは、あらゆる存在や現象を指します。
つまり、あらゆる物事は一定ではなく、変化し続けているという意味。
いつまでも若く、健康でいることなどできない。
全ての事象はうつろいゆくことを理解し、受容する。
それが、“諸行無常”の意味。

二つ目の一切皆苦。
これは、これまでの連載記事から見て貰うとわかりやすいです。
全てのことは、自分の思い通りにならない苦である。
なのに、人は全て自分の思い通りになると勘違いしてしまうことから苦を生ずる。
苦が生まれる仕組みを理解できれば、苦を遠ざけることはできる。
苦そのものはどうすることもできないのだから、自分の思い、捉え方を変えてみる、という工夫を学ぶべきなのだ。
そのためには、全てのものは思い通りにならない苦であるという自覚を持たなくてはならない。
すなわち、“一切皆苦”。

三つ目の諸法無我。
全てのものは、関連性の集合体である。
先週の因縁生起の考え方です。
例えば、玉ねぎの皮を全て剥いていくと、最後にはなにも無くなってしまう。
人間も同様であり、いくつかの要素の集合体が自分である。
つまり、自我があるように思うだけで、実態はないのである。
集合体を繋ぎ止める縁起の糸は、いずれほどけて我は離散する。
無いはずの“我”に執着しないことが理解できれば、苦しみは遠のく。
そこには絶対の神も、不滅の霊魂も無い。
あるのは、意識と現象の連鎖(すなわち法)だけである。
これが、諸法無我。

つまり。

「全てのものは変化し、うつろう。」
「世の全ては苦であるが、自分の捉え方を変えることはできる。」
「全ては縁起によって結ばれた一時的な状態であり、我は幻である。」
ということが三法印。

悟りに至る道とは、まさにこの三法印を徹底して理解することである、ということなんですね。

これに涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)を入れて、四法印とすることもあります。
涅槃寂静は、悟りの境地にいたり、安寧な心を得た状態のこと。
仏像の穏やかな表情は、まさにこの涅槃寂静を表しています。

世に溢れる苦しみを癒し、悟りに至る道を拓いた仏陀。
それは、心の安寧を得るための哲学である、ということもできるでしょう。

さて次週は、いよいよ仏陀の生涯、悟りに至る道について取り上げます。
お楽しみに〜〜。
posted by メタマネ佐藤 at 21:32| Comment(2) | 日記

2012年03月25日

色々あるぜ、日曜日。

DSC_0295.JPG
今日は風が強いですねぇ。
今年度最後の日曜日である今日、わが社では「旅リハ」第一回目が行われています。
行き先は、広島県の「みろくの里」。

「旅リハが、ご利用者様の目標に向けたステップになるように。」という想いから。
あるいは、旅リハの参加自体を目標にしていただけるように。
参謀のみやちゃん達が中心になって、準備を進めて来ました。
詳しくは、参謀本部のブログにもアップされるでしょうから、そちらをご覧ください。

僕はというと、管理者育成プロジェクト、通称「S- 3研修」の講義を担当させていただきました。
創心会の管理者研修は、勝ち抜き戦。
S- 3は、管理者研修の第3回戦という事になります。

このくらいになると、参加者には部門長やセンター長が多くなってきます。
しかし、そうした役職者だけでなく、S-1、S- 2 と勝ち上がってきたメンバーも交えて研修を行いますから、なかには入社1年目のスタッフもいたりする。
それがまた面白いワケですね。

まぁ、改正直前の時期ですから、今になって「こうなりますよ」という話をしても仕方ない。
それよりは、現場のスタッフに、ご利用者様に、ケアマネジャーに対して、どのように説明をしているか。
各現場レベルでどう対応しているか。
研修参加者は現時点での問題点をどう捉えているのか。
それを共有する、ということが重要であると考えました。

よって、本日はディベートが中心です。
「率先して手が上がらないかも」と思っていたんですが、結局のところ指名せずとも皆さんから手を挙げて下さり、充実した研修になったのではないかと手前味噌ながら思います。

そんで。

午前中の研修が終了し、本日はお役御免。
帰りにファーマーズマーケットに寄って、椎たけ男の常設ライブ会場を見てきました。

チケットの売れ行きは、どうなんかな?
見た感じだと、そんなに飛ぶように売れている、というワケでは無さそうだな。
頑張れ、たけ男。
東京に行くんだろ?
夢は捨てるなよ!
(意味のわからない人は、椎たけ男のつぶやきを見てくれ。)

あと、なんかよく分かんないレイヤー達がいて、撮影会をやっとりました。
「写真撮ったろかい」とも思いましたが、撮影許可証がないとダメらしくて。
まぁ、そこまでして撮影せんでもいいか、と通りすぎました。

そんで。

椎たけ男の楽屋も覗かせて貰いましたよ。
今日の作業は、もうほとんど終了していましたが、「ああ、こんな感じになってるんだなあ」と勉強になりました。
たけ男の他にも、みどりちゃんや菜の花油、恋するシフォンなど、続々と未来創造舎の仲間達が増えています。

4月からはカフェもオープンするそうですから、ぜひ見に行ってみて下さいね。
posted by メタマネ佐藤 at 16:04| Comment(0) | 日記

2012年03月24日

あと一週間。

今年度も残すところあと一週間となりました。
連ドラ「カーネーション」もいよいよ大詰め、朝の楽しみがなくなってしまうようで、ちょっぴり寂しいですね。
今週の“奇跡”の話は、結構グッとくるものがありまして。
今日は出勤前にぼろ泣きしてしまいました。

そんな話は置いときまして。
問題は制度改正ですよ。

色々複雑で、やっかいな変更点もありますが、ひとまず「どう対応していくか」というところは、大体明確になっていますよね。
だけど、大切なのはむしろこれから。
今日は特に、管理者層の視点で話をします。

いわゆる“PDCA”で考えれば。

今は“P”(計画)がほぼ終わったところ。
大体のことは見えているでしょうが、計画の中身を最終調整することが、今なすべきコトだと考えます。

なにしろ、来月からは“D”(実行)していかなくてはいけないわけです。
遂行と継続が、一番根性のいる作業になるワケですから。

特に来月は、一番の勝負月。
制度改正に応じてやらないといけないことはなにか、今一度洗いだして、優先順位を明確に。
100点をとれなくても、上手く改正の“波”に乗れれば、まずOK でしょう。
さらに、突発的な事態に対応できるように、こころのゆとりを持って構えておく必要もあります。

しかるのちに“C”(チェック)。
少なくとも3ヶ月は過渡期と考えて、気を抜かないようにすべきでしょう。
制度改正の対応が上手くいったか検証して、必要に応じて“A ”(修正)、再実行の流れとなります。

ジェットコースターで例えるならば。
この一週間は、モーターで最上部まで引き上げられている状態。
来月から一気に走り出す。

来週は、しっかり気持ちの準備にあてましょう。
posted by メタマネ佐藤 at 19:17| Comment(0) | 日記

2012年03月23日

介護職員の痰吸引について。

本日は、倉敷市保健所さんからご依頼をいただいて、介護職員の痰吸引についてのシンポジウムに参加させていただきました。

ジンポジストはそれぞれ、医師、看護師、ケアマネ、ヘルパー、患者家族の代表者。

これまで明確な根拠がなかった、介護職員の痰吸引(広く言う医行為)について、制度の裏付けができたという点は、大きな前進と捉えています。

自画自賛のようで恐縮ですが、今日の内容はなかなか良かった。
それぞれの“立場の違い”というのも際立っていたし、多職種が認識を擦り合わせるという過程が見えるような気がした。
こういう新しいことをやる時は、そういうハードルをクリアしていく行程が大切だ、と思います。

まぁ、ケアマネの立場からの発信というのでは、自分が主役にはなりようもない。
もうちょっと色々言いたいこともあったんですけどね。
まぁ、がまんがまん。

じゃあ、今日の主役は誰だったのかというと。
まず第一に、当事者である利用者と家族。
第二に、痰吸引の処置を行うようになる、訪問介護事業者でしょう。

患者家族は、介護職員の痰吸引について、歓迎する意向が強かった。
この意味は大きい。
窒息しそうな苦しい時間。
単価の高い訪問看護だけでは対応しきれない部分を、訪問介護によって対応してもらえるようになる。
それも、制度的な裏付けで。

介護職員の立場から言えばどうか。
…研修時間が長い。
…職員を送り出す余力が無い。
……なにか起きたときの責任を負いきれない。
ついでに言ったら、単価も安い。

でもさ、順を追って考えてみよう。

「制度上、介護職員にも痰の吸引が認められるようになりました。」
「だけど、それを実施することができません。」
「なぜなら、研修に時間がかかるから。」
「なにか起きたときの責任問題があるから。」
「だから介護職に、痰吸引は任せられない。」

……それで、介護職員の処遇が上がると思う?

確かに、制度改正で、訪問介護は疲弊するだろう。
そのなかで、長時間の研修を必要とする痰吸引、リスキーで収益の低い重度訪問介護(自立支援法)。
どれだけの事業所がやれるんだ、という危惧はある。

だけど、これはやれなきゃダメな類いの、言わばトレンドですよ。
研修受けて、特定行為従業者になって、介護職の可能性と職域を拡げて行こうよ。

長期的な視点でみれば、そういう所に事業所の生き残りがかかっているのではないでしょうか。
僕には、そんな風に思えます。

だから。

せっかく制度の裏付けを得て、できるようになった“新たな仕事”については、真摯に取り組まないとね。
posted by メタマネ佐藤 at 20:25| Comment(4) | 日記

2012年03月22日

心臓大臣、石橋湛山の社説。

Tanzan_Ishibashi_2.jpg
第55代内閣総理大臣、石橋湛山。
「心臓大臣」と呼ばれた、硬骨の政治家。

簡単にその人物を述べると。
戦前は、リベラル派のジャーナリストとして知られていた。
大正デモクラシーの先導者と言われ、「民主主義」を提唱した人物でもある。
戦争が激化するなかでも、冷静かつ太極を捉えた分析で、民衆を啓発し続けている。
まさに、ペンで戦っていた豪傑です。

政治家となってからも、米国の植民地政策にノーを突きつけ、戦後補償を削減したり。
総理になってからも、自らの理念に沿って「私は国民の気に入らない政策もやる」とはっきり主張していました。

健康問題から、わずか65日で退陣していますが、その潔さについては野党の議員からも称賛が上がったという、伝説的政治家です。

その石橋湛山が、ジャーナリスト時代に残した社説が、大変興味深い内容でしたので、転載します。

〜大正13年 東洋経済〜

中央集権から分権主義へ

元来官僚が国民を指導するというがごときは、革命時代の一時的変態に過ぎない。
国民一般が一人前に発達したる後においては、政治は必然に国民によって行われるべきものであり、役人は国民の公僕に帰るべきである。
政治が国民自らの手に帰するとは、一にもっともその要求を達成しうる政治を行い、一はもっともよくその政治を監督しうる意味に他ならない。
このため、政治はできるだけ地方分権でなくてはならぬ。
現に活社会に敏腕をふるいつつある、最も優秀な人材を自由に行政の中心に立たしめえる制度でなくてはならぬ。
ここに勢い、これまでの官僚政治につきものの中央集権、画一主義、官僚万能主義(特に文官任用令)というがごとき制度は、根本的改革の必要にせまられざるをえない。
今や我が国はあらゆる方面に行き詰まってきた。
しかしてこの局面を打開して……再び我が国運の伸展を図るためには、我輩がこれまで繰り返して言えるごとく、いわゆる第二維新を必要とする。
第二維新の第一歩は、中央集権、画一主義、官僚主義を破壊して、徹底せる分権主義を採用することである。
この主義の元に、行政の一大改革を行うことである。
〜ここまで〜

まるで、今の日本の状況を予見するかのような記事ですね。
こうした所からも、石橋湛山の先見性というか、政治家としての特筆されるべき能力があると感じます。

ただ、それ以上に感じるのは、気骨と勇気。
使命感とプライド。

これを、今より明らかに封建的な時代、堂々と述べている点がスゴい。
まさに“戦う男”です。

湛山の主張は、現代社会の抱える問題の要点をズバリ捉えていますが……。
なぜ現代に於いて実行できないか。

たぶん、まだ国民が“一人前”になっていないからじゃないでしょう。
posted by メタマネ佐藤 at 20:17| Comment(0) | 日記