2017年07月26日

最近のひどい話。

最近、ひどいな〜と思ったこと。

全国的に見れば、松居一○さんの一連の騒ぎ。
ネタ元もひどいし、ニュースで扱うのもひどい。
個人的なことを、日本中が共有させられる。
彼女は、通常の状態にあるとも思えないし。
SNSやネットの“悪いところ”が目立つ。
テレビで扱うのは、もう終わりにして欲しい。

二つ目は、国会議員の足の引っ張り合い。
これは、昔からあるし、今後も変わらないかもしれないけど。
誰が二重国籍だろうが、誰の友達がどうだろうが、「はげー」って叫ぼうが、ドウデモイイ。
要するに、あんたら自身の問題を、国会使って議論しないでよって思う。
国会議員は、国民の代表なんでしょ?
日本人として、恥ずかしい。

身近なところでは。
障害者を多数雇用している作業所の、一斉解雇問題。
大きなニュースにはなっていないけれども、これこそ大きく取り上げて欲しいニュースです。
詳しくは、是非みなさん自身で調べてください。
「障害者解雇 220人」で検索してみてください。

このニュースに、気になることは山ほどありますが。
事実関係の明らかでないことは、書くべきではないでしょう。
ただ、負うべき責任はきちんと果たしていただきたい。
それを願うのみです。

ただ、220人の暮らしは、これからどう守っていくのか。
この人数は“多い”です。
ひとつひとつが、個別性の高い問題でもあります。
本当に大変なことだと思います。

一つ目、二つ目の話は、取り上げなくてもいいニュース。
三つ目の話こそが、きちんと実態が明らかにされなくてはならないニュースではないでしょうか。

こう考えたとき。

本当にひどいのは、世の中のあり方そのものではないか、と改めて思ったのでした。
posted by メタマネ佐藤 at 18:34| Comment(0) | 日記

2017年07月18日

わが町への愛着と誇り。

三菱UFJリサーチが、市民のプライド・ランキングという面白い調査を公表しています。
これ、面白い調査なので、是非みなさんにも検索してもらいたいな、と思うんですが。

調査対象は、全国21の市町村。
この中には、我らが岡山市も入っています。
この調査は、その町に住んでいる20〜60代を対象として、200人ずつアンケートをとり、「わが町」の愛着と誇りを調べた、というものです。

で、結論。
愛着と誇りの第1位は、いずれも福岡市。
これは「さすが」としか言いようがないですね。

福岡に続くのは、京都市、神戸市、仙台市、札幌市といった、誰もが認める魅力的な町。
で、われらが岡山市は…愛着は下から5番目の17位、誇りは下から2番目の20位という散々な結果に。

要するに、「誇り」も「愛着」も低い、ということなんです。

都市のイメージに対する共感ワードの結果もひどい。

神戸市民の場合、上から順に「おしゃれ、国際的、便利、楽しい、ハイセンス、落ち着きのある、ロマンチック」というポジティブなワードが続きます。

これが岡山市民の場合は、「ほどほど、ゆったりした、地味、保守的、落ち着きのある、便利、伝統的」と続きます。

…そりゃ、神戸には勝てないよな…とは思いますが。
それにしても、酷くないですか?
まぁ、住みやすいって感じはありますけどね。

いずれにしても、「わが町」に対しての愛着や誇りが低いという結果は、かなり問題だと思います。
いみじくも、自己中心的で保守的と言われる県民性を露呈してしまったような。
そんな嫌な気持ちになってしまいましたが…。

でもね。
それは、あくまでも「イメージ」ってことですから。

実際に暮らしている僕は、災害も少ないし、交通の便もいいし、ほんとに住みやすい町だという実感はあります。
不満がないわけじゃないけど、いい町にしていくのは、僕ら自身の意識が大切ですから。

これは、直感的に思うことですけど。
「車線変更で指示器を出さないドライバーが全国一多い」と言われるあたりに、岡山県人の問題を感じるんですよね。
これ、「自分さえ良ければいい」という人が多いってことじゃないでしょうか。

自己中では、「わが町」への愛着と誇りは育たないと思うんですよね。


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posted by メタマネ佐藤 at 21:48| Comment(0) | 日記

2017年07月14日

だし天茶うどん。

image1.JPG


この前コンビニに買い物に行った時。
1つの商品が目に留まりました。

それは、日清のどん兵衛、だし天茶うどん。
おそらく、期間限定商品なのだと思いますが、そのパッケージに描かれたコピーに大変興味をひかれました。

「日清の黒歴史復活!」で始まるその見出し。

2002年発売当時は売れなかったこの商品。
今、出汁ブームだからこそ食べて欲しい。

私は、この言葉を堂々と“書ける”ことに、日清という会社の強みを感じました。

つまり、売れようが売れまいが、自分たちの商品に自信がある。
その姿勢が素晴らしいですよね。

で、食べてみた感想。

わさびの風味が効いている。
なるほど、確かに出汁の旨味。
ただ、個人的な好みの問題かもしれませんが、ちょっと濃いですね。

あと、ノリ天が思ったより小さかったかな。
せっかく「天茶」をウリにするのなら、ここはもう少しボリュームが欲しかったです。

皆様も、ぜひ一度召し上がってみては?



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posted by メタマネ佐藤 at 20:39| Comment(0) | 日記

2017年07月10日

気を遣う。

皆さんは、気を遣うほうですか?

僕は、自分ではかなりまわりに気を遣うほうだと思います。
それが、適切に気配りできていないとしてもね。

なぜ気を遣うのかといえば。
みなさんに、嫌な気分になって欲しくないからです。
でも、価値観は違うものですから、全ての人を“嫌な気持ち”にしないようにすることは、とても難しいことでもあります。

気を使って、それで嫌な反応が帰って来たりすると、今後もう気を使うのはバカバカしく思えたり。
意味のないことであるかのように思えたりします。

実際、気を遣っている方からすれば、ほんとうに頑張って、誠心誠意尽くしているつもりなのですが。
それも、伝わらなければ意味もありません。

思うに。

自分がただ、相手に気を遣っているというだけなのか。
相手の心に届く気配りができている、ということなのか。

その違いはとても大きい。

それは、「よく思われたい」という利己的な行動によるものか。
それとも、「相手のために」という利他的行動なのか。

…おそらくは、両方です。
どちらか片方の動機だけで、気を遣うという人はいないと思うのです。

できるなら。
自分のためではなく、思いやりをもって気遣えるような人間になりたいと思うんですよね。
posted by メタマネ佐藤 at 19:42| Comment(0) | 日記

2017年07月04日

話してもわからない人。

犬養毅は、暗殺される前に「話せばわかる」と言いましたが。
「話してもわからない人」というのが、世の中にはたくさんいると思います。

それは、その人の「理解力がない」ということではなく。
「理解しようとするつもりがない」から、話してもわからない、ということなのだと思います。

立場や価値観の違いによって、容易にこうしたことは起こる。
その違いを埋めるには、どちらか片方の立場の人だけが頑張っても、意味がない。
お互いに、理解し合うつもりになって、歩み寄る努力をしなくてはならないのです。

その努力を、惜しまないという前提がなければ。
「話せばわかる」にはならない。

もっと単純に言えば。
話を聞く気のない人に、いくら熱心に話したところで無駄なんですよね。

ではどうして、「話を聞く気にならない」のか。
先ほども挙げた通り、立場や価値観の違いというのもありますが。
信頼関係の有無というのが、ことさら大きいのではないかと思います。

つまり、「あの人の言うことなら信用できる」。
もしくは、「あいつは信用できない」。

…これは、白か黒かの話ではないのですが。
日常というのは、些少なすれ違いの蓄積でもありますから。
不信というのは、とくに“溜まる”のでしょう。

信用の蓄積が、積み上げにくく、脆く崩れやすいのに比較して。
不信の蓄積は容易く、確信を持って高く積み上げられてしまう。
だからこそ、不満や愚痴は、頑迷なほどに強固なのだろうと思うのです。

言い方を変えれば、価値観の囚われ。
自分自身を追い込まないように、気を付けたいものです。


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posted by メタマネ佐藤 at 22:05| Comment(0) | 日記

2017年06月29日

ハラスメント。

国会議員のパワハラが話題になってますね。

東大出て、ハーバード大学出て、キャリア官僚になって、国会議員にまでなったというのに。
こんなに残念な人というのも珍しい。

なかには、バースデーカードを47箇所も送り間違えた秘書も悪い、なんて人もいる。
だけど、それはそれでしょ。
この人の怒り方っていうのは、やっぱり常軌を逸してるとしか思えない。

そこで今日は、ハラスメントについて考えましょう。

ハラスメントってのは。
要するに「いじめ」とか「嫌がらせ」のこと。
いい歳こいた大人がいじめをやると、“ハラスメント”って言うわけだ。

そして、ハラスメントというのは、やったほうがそれと意識して行ったかどうかは問題ではない。
受けたほうが、「これはハラスメントだ」と捉えれば、ハラスメントとして成り立ちうる可能性がある。

やってる本人に、いじめている自覚がある場合もあるが。
多くの場合、やってる側は無自覚なことが多い。

仕事のミスしたからって、殴ったり、家族を馬鹿にしたりするのは、明らかにやりすぎだし、イジメですね。
でも、彼女をテレビで公開処刑みたいにするのは、イジメって言わないのかな?って思う。

自業自得といえば、確かにそうかもしれないけど。
他者の振る舞いを私的に“裁く”のは、やってるレベルは変わらないこと。

とにかく、一つだけ言えることは。
彼女は国会議員を務められるような人ではなかった、ということなのでしょう。

だって、弱いものいじめするような人が、国の政治で実権なんか握られた日には、この国もおしまいですからね。
posted by メタマネ佐藤 at 23:18| Comment(0) | 日記

2017年06月26日

久々です。

久しぶりにブログを更新してます。
このところ、ずっと忙しく、体調が今ひとつだったこともあり。
なかなか更新できていなかったのです。

このところ、世の中はめまぐるしくいろんなことがありましたね。
なかでも、麻央ちゃん死去のニュースには、多くの人が関心を寄せたことと思います。

特に、死を間際にしての“生き方”に共感する人も多かったのではないでしょうか。
インターネットやSNSを、生きるためのツールとして使う、というと語弊があるかもしれませんが。
私が思ったのはそういう印象でした。

死を間際にしても、多くの人に勇気と共感を与える麻央ちゃんの姿は、胸を打つものがありました。
しかし同時に、我々は彼女の生き様を“感動”という形で“消費”しているのではないか、と考えるところもありました。

本当ならば、残された大切な時間をどう使うかは、彼女や彼女の近しい人々の間で決めるべきことであったはず。
そもそも、当初は病気療養中であることを隠して闘病していましたよね。
ブログやSNSを通じて、自分の想いを発信したり、色々な人とつながることは、大変意味のあることだと私自身も思いますが、果たして彼女自身がそれを本当に望んでいたのだろうか、と考えると、とても複雑な気持ちになるのです。

とはいえ、おそらくは。
ブログに率直な心境を綴ることの意義は、麻央さんのなかでしっかり形になっていだのだろうと思います。
安易な励ましを求めるためではなく、自分自身が生きて、何かを残すために、自分の今の境遇や心境を綴る。

それは、後に残される家族にとっても、意味のあることだったのではないかと思います。
麻央さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
そしてこの国から、ご遺族に“今の心境”を尋ねるような、非倫理的な報道が無くなることを切に願っています。
posted by メタマネ佐藤 at 17:45| Comment(0) | 日記

2017年06月16日

目前の一段。

最初の一歩を踏み出しなさい。
階段全体を見る必要は無い。
ただ、最初の一段を登りなさい。
ーーキング牧師

アフリカ系アメリカ人の、公民権運動の指導者として、壮大な夢を掲げ、成し遂げる目前で暗殺されたキング牧師。
彼の偉大な功績は、世の中の誰もが知るところであります。
我々の業界でよく言う「エンパワーメント」とは、彼らの公民権運動の中で生まれた概念とも言われています。

本日ご紹介する彼の名言。

壮大な何かを成し遂げようと、大きなものを見るのではなく。
一歩を踏み出すことの大切さを説いていますね。

今日も明日も登りましょう。
その目の前にある一段を。




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posted by メタマネ佐藤 at 18:12| Comment(0) | 日記

2017年06月15日

俺はバカじゃないだろうか。

俺はバカじゃないだろうか。
心の底からそう思う。

そのくせ、とびきりプライドは高い。
自分の馬鹿さ加減は、自分で一番よくわかっているはずなのに、それでも第三者に「馬鹿じゃないの?」と思われるのは嫌なんだ。

なめられたくない。
特に、俺のことをよく知らない奴らに。

喧嘩をするほど度胸はない。
相手を論破したところで、気持ちのいいものじゃない。
年齢を重ねて、知識はある程度蓄えられたし、コミニケーションの技術も高くなったと思う。
しかし、相手を理屈で捻じ伏せたところで。
それは口ゲンカに勝っただけで、人間としての小ささを露呈するだけ。

それならば、自分の無知に恥じ入りながらも、負けず嫌いを装って、世の中と渡り合っていくほうがいい。

何にも得をしない。
でも、恥ずかしい人間にはなりたくない。

余るほど金を稼ぐつもりはない。
俺は自分自身に恥ずかしくない、そういう生き方をしたいだけ。

だけど、自分自身をよく見せようと言うプライドにこだわってしまう。
そんな自分自身を、心の底から「馬鹿じゃないか」と思う。

でも、 そんな自分が嫌いじゃない。
だから、こんなつまらないことを書き綴り、誰かの共感を得たいと、思ってしまうのでしょうね。


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posted by メタマネ佐藤 at 22:09| Comment(0) | 日記

2017年06月10日

いわゆる残念な人。

優れた技術や知識を持っているのに、人間性が伴わない人。
こういうのを、「残念な人」といいます。

「あー、いるいるそういう人」と言うのは誰もが思うこと。
しかし、自分自身がそうとはあまり思わないものです。

かく言う私自身も、そうかもしれません。
時々、自分でも気をつけてはいるのですが。

この残念な人の成り立ちについて考えたところ。
主に二つの要因があるな、と思い至りました。

まず1つ目は、成功体験の積み方が間違っているということ。
もっとわかりやすく言うと、勘違いですね。

もう1つは、周りに指摘をする人が誰もいない、ということ。
キャリアを積み、立場が上になるほどこういう傾向が起きやすくなると思います。

そうやって、勘違いして、ちやほやされたまま時間が経過すると。
残念さにも拍車がかかる。
何年も勘違いして、ずれたまま人生を歩んでしまったら。
取り戻すことはどんどん難しくなっていく。

僕はそれが、ものすごく「怖いな」と思うんです。
だからこそ、日々の心がけが大切なのだと、いつも思っているのですが。

…やっぱり自分に甘く、チヤホヤされたいもので。

知らない間に残念な人になってしまうことがないように、気をつけていたいものです。
posted by メタマネ佐藤 at 18:21| Comment(0) | 日記